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メジャーリーグコラム
〜日米通算200勝記念コラム〜

「ダイハード・トルネード」〜不死身の野茂英雄



 2005年6月15日──本拠地トロピカーナ・フィールドで行なわれたミルウォーキー・ブリュワーズ戦で、タンパベイ・デビルレイズの野茂英雄投手は、記念すべき 日米通算200勝を達成した。試合後のインタビューで浮かべていたその安堵の表情を見て思ったのは、これで彼はようやく「200」のプレッシャーから解放され、彼が 本来メジャーのマウンドで求めてやまないものに戻れるだろうということだった。

一流だけに許された強打者たちとの「会話」
 中日ドラゴンズの落合博満監督が現役だった頃、同郷・秋田の大先輩でもある大投手、山田久志(当時阪急ブレーブス、前中日監督)を評して「バッテリー間の 距離を通じて、レベルの高い『会話』ができる相手」との名言を吐いたことがある。確かに、通算284勝を挙げ、阪急を3度の日本一に導いた史上最高のアンダー スロー投手と、三冠王に3度も輝いた史上最高の右打者との対決は、1980年代前半のパ・リーグにおける最高の顔合わせだった。
 野茂もまた、マウンドから同じような強打者たちとの「会話」を楽しんできた。近鉄バファローズ時代は西武ライオンズの清原和博一塁手(現読売ジャイアンツ)との 真っ向勝負でパ・リーグのファンを沸かせ、「平成の名勝負」と呼ばれたものだった。そして95年にメジャーに活躍の場を移すと、今度はバリー・ボンズ外野手(サン フランシスコ・ジャイアンツ)がその相手となった。
 当時、すでに2度のリーグMVPに輝くなど、メジャーを代表するスラッガーだったボンズも「ライバル」ロサンゼルス・ドジャースのユニフォームを着て、彗星の ごとくメジャーのマウンドに出現したばかりの野茂に対しては、90マイル台後半の速球と落差の大きいフォークボールとのコンビネーションにタイミングが合わず、 空振りを繰り返していた。メジャー歴代3位の通算703本塁打を誇るボンズだが、デビューした86年に102三振を喫したあとは、年間3ケタの三振を記録したことが1度も なく、スラッガーとしては極めて三振の取りにくいバッターである。そんな難攻不落の強打者も、一時は野茂の顔を見るのが嫌になるほどの苦手意識を持っていた。
 97年シーズンを最後に現役を退いたライン・サンドバーグ二塁手(当時シカゴ・カブス)は、この年本拠地のリグレー・フィールドで野茂から外野スタンドの最深部に 特大のアーチを放ったが「彼のような素晴らしいピッチャーからホームランを打つことができて、もう現役生活で思い残すことはないね」と語っていた。84年にMVP、90年 には本塁打王に輝き、通算9度のゴールドグラブ賞にも輝いたこの強打の二塁手は、今年7月に名誉ある野球殿堂入りメンバーに名を連ねる。
 ボンズ、サンドバーグ、投手ならばランディ・ジョンソン(ニューヨーク・ヤンキース)、ペドロ・マルティネス(ニューヨーク・メッツ)、グレッグ・マダックス (カブス)といった超一流の野球人と互角の勝負を楽しめるプレーヤーは、実は限られた存在だ。たとえばイチロー外野手(シアトル・マリナーズ)や松井秀喜外野手 (ヤンキース)にしても、対戦成績などを細かく検証したり、実際の対戦を見ていると、まだ完全にその域に達しているとは言いがたい。しかし野茂はメジャー1年目 から「超一流の対決」を演じていたのである。

長年にわたり第一線で活躍続けた「代償」
 それほどの投手だった野茂も、ここ数年はプロの世界で長く投げ続けてきた「代償」に苦しんできた。95年、野茂の速球は平均で90マイル台後半を誇り、高めの速球 と落差の大きいフォークボールのコンビネーションはまさに無敵だった。この年、9イニング平均11.1奪三振、被打率.182の数字がそれを証明している。だが、それから 10年を経た時の流れは、残酷な数字を彼の前に突きつけている。今シーズン14試合を投げ終わっての数字は、77回で奪三振わずか40個。9イニング平均4.68個と、デビュー 当時の半分にも満たない。95年には9イニング平均5.83本だった被安打は、今季は9.58とこちらは倍近い数字となり、被打率も.278と10年前に比べて1割近く跳ね上がって いる。
 両リーグで奪三振王に輝くなど、2003年までは通算1787回1/3で1802個と、投球回数を上回っていた通算の奪三振数も、最近2年間の不調で、現在は1948回1/3で1896個と イニングを下回ってしまった。ちなみに今季最多の奪三振は、5月26日のオークランド・アスレチックス戦で、7回1/3を投げて奪った7個。200勝目のマウンドでも、7回を 投げながら2つしか奪っていない。
 度重なる肩やヒジの故障で平均80マイル台にまで落ち込んだスピードの衰え、決め球となるはずのフォークボールのキレの悪さ、そして目下メジャー30球団中29位の 勝率.348で、ア・リーグ東地区の最下位に沈んでいるチーム状態の悪さなど、野茂が日米200勝を本当に「通過点」とするためには、さまざまな困難が立ちはだかって いる。ただ、こうした悪条件の下にあっても、今季4勝という彼の勝ち星はチーム先発陣の最多勝であり、彼以上の投球回数と先発登板をこなしているピッチャーは、 デビルレイズにはいないのだ。恵まれない環境にあっても、自分の果たすべき役割はきちんとこなしているからこそ、過去何度も解雇の憂き目に遭いながらも、すぐに 次の活躍の場が提供されてきたのだろう。

「トルネード」が変えた日本人のメジャーに対する意識
 野茂がドジャースでデビューする前は、65年の村上雅則投手(当時ジャイアンツ)しかいなかった日本人メジャーリーガーだが、その後は投手、野手ともに次々と出現 している。村上から数えて日本人投手のメジャー合計100勝が話題となったこともあったが、現在では野茂ひとりだけで122勝を記録している。依然としてメジャーにおける 日本人選手は希少種であるが、日本人がメジャーに出現して活躍すること自体は、もはや驚きではない。
 それでも野茂英雄の存在が偉大なのは、日本人の一流プレーヤーがメジャーでも通用し、タイトルホルダーにもなれることを、彼が自らの活躍で証明したからだ。新人 王、両リーグでの奪三振王とノーヒットノーラン、95、97、2001年と3度にわたる9イニング平均10個以上の奪三振率など、彼は記録にも記憶にも残る選手として、メジャー の歴史に名を刻んできた。
 野茂の「メジャー元年」となった95年までは、日本人にとってメジャーリーグは明らかに「非日常的」な存在だった。家庭や職場でメジャーのチームや選手の名前が 語られることなど、極めて少なかったはずだし、夏休みや有給休暇を利用してメジャー観戦のために渡米するなどと言ったら、周囲から変わり者扱いされたものだ。それ を「日常的」なものへとドラスティックに変化させたのが、野茂の活躍だった。そもそも、彼がメジャーのマウンドに出現する前は、今日のように日本のテレビが毎日 生中継でメジャーの試合を放送することなど考えられなかった。ワールドシリーズでさえ、日本での生中継が始まったのは89年のこと。しかも、試合のクライマックス で無神経にニュースや株式情報が挟まれることが当たり前だった。

「開拓者」の新たな目標、そしてさらなる未来へ
 マーク・マグワイア一塁手(当時セントルイス・カージナルス)とサミー・ソーサ外野手(当時カブス、現ボルティモア・オリオールズ)が、98年に相次いでロジャー ・マリス(元ヤンキースなど)のシーズン本塁打記録、61本を更新したとき「それでもマリスの偉大さは変わらない。なぜなら、彼が破った記録はベーブ・ルースのもの だったからだ」という賛辞があった。半ば神格化されていたルースの記録を、61年にマリスが更新したときの困難な状況を思いやっての声だった。
 野茂もマリス、あるいは1947年に同じドジャースでデビューした近代メジャーリーグ初の黒人選手であるジャッキー・ロビンソンと同様に、自ら巨大な壁を打ち壊し、 後に続く者たちのために道を切り開いた。われわれが忘れてならないのは、彼がマークした200の勝ち星のうち、122はメジャーで挙げたものだということだ。この78:122 という日米での勝ち星の比率こそが、稀代の野球人・野茂英雄の、日本プロ野球史における本当の価値を証明している。
 さて、史上初の日米通算200勝を達成した野茂の、次なる目標は何か? 日米通算3000奪三振(現在通算3100個=日本で1204個、メジャーで1896個)はすでに一昨年達成 している。メジャー通算2000奪三振まではあと104個に迫っているが、現在の奪三振ペースを考えると微妙なところだ。しかし、シーズンの残りを万全な状態で過ごせば、 2000奪三振に加えて、8度目の2ケタ勝利、10度目の3ケタ奪三振も視野に入ってくるはずだ。
 8月31日に37回目の誕生日を迎える野茂に、限界説が囁かれているのも事実だが、逆に5年後も依然としてメジャーのマウンドに立ち続けているかもしれない。今後の彼に 期待したいのは、40代半ばになっても投げ続け、あるいは祖父や父親と同じメジャーのバッターボックスに立つかもしれないボンズの息子からも、三振を奪う姿である。

text by ryo ueda
(更新日:2005/6/16)
http://inews.sports.msn.co.jp/columns/MLB_1170.html

野茂投手、日米通算200勝の軌跡はこちら
http://inews.sports.msn.co.jp/major/nomo200/index.html


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