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研究紹介

夢の新春対談

アンパンマンと毎日かあさん



夢の新春対談 アンパンマンと毎日かあさん/上

 06年のスタート。生活家庭面は「それいけ!アンパンマン」の作者で日本漫画家協会 理事長、やなせたかしさん(86)と「毎日かあさん」の 作者、西原理恵子さん(41)の対談で幕を開けます。子どもたちと向き合い、さまざまな経験を重ねてたどりついた2人の 人生観は、冬の根菜のように滋味豊か。3回に分けてお届けします。【まとめ・潟永秀一郎、写真・手塚耕一郎】

 西原 新年明けましておめでとうございます。やなせ先生には、郷土(高知県)の先輩として、ずっと励ましていた だいて。本当に感謝しています。
 やなせ いやぁ、うれしいんですよ。高知からまた、いい漫画家が出てくれて。と言っても、数年前に会うまで全然知らなくて、しばらくは「ニシハラ」さんと 呼んでた(笑)。
 西原 「ま、いいか」と。私も「はいはい」って(笑)。
 やなせ 西原さんはまず、本人が面白いんだ。それで作品を読んでみたら、非常に面白い。僕らの考えていた漫画と全く違う方向の漫画で。尊敬してるんです よ。
 西原 (消え入りそうに)いえいえ。
 司会 お二人は、なぜ漫画家に。
 やなせ 僕は学校を決める時、自分の成績を考えたんですよ。悪かったから、これは普通の学校に行ったら負けるだろう、ビリになると。ただ、絵はわりと うまかったんで、絵の方に行こうと。それと、中学の同級生に(漫画家)横山隆一先生の奥さんの弟がいて、家 に行ったら横山先生が女優さんと写った写真 とかがあった。こりゃいいなあと思いましてね(笑)。東京高等工芸学校(現・千葉大工学部)の図案科に進んだん です。
 西原 絵は、相当自信がお有りだったんですか。
 やなせ 実は自分では、天才じゃないかと思ってた(笑)。でも、学校に入った途端、もうだめ。すっごいうまい人がいる。自信喪失ですよ。「絵で行く と、こりゃまた負けるなあ」と。とにかく人と違う方向に行かないといけないと、漫画の投稿は続けた。そうすっと、まあ、いくらか入選したりね。
 西原 私も東京来て、どん底に落ちました。奇跡的に武蔵野美大に合格したんですけど、あまりにも周りが上手 で、自分は絵では食べていけないと思った。食べるためにミニスカパブでバイトしたんですが、もう不安で不安で……。何 せ歌舞伎町でしょ。落ちていく人は速い速い。だから私も、きっとダメになるに違いないと。それで「ここなら描かせて もらえるかも」とエロ本から始めたら、やっぱりみんな絵がうまい。
 やなせ そう。漫画の世界も入ってみると、天才秀才がた〜くさんいて。負けるんだよなぁ、また(笑)。

◇信じる道、降りたら終わり 負けて見つけた自分の席
 西原 高知の漫画家は結構そうですよね。漫画の世界でもはじかれはじかれ、自分のポジション見つけているみたいな。だから高知の漫画大賞をみんなで審査する と「この人、絵うまいから賞あげとこうか」とか(笑)。やなせ先生が「タイヤがちゃんと描けちゅうからすごい」とか。
 やなせ ハハハ。僕はだから、舞台は全部海や山とかだけね。簡単だから。
 西原 私もそういう流れを見事に継承している(笑)。
 やなせ 「上京ものがたり」なんか、絵より字の方が多いもの ね。
 西原 はい。歌舞伎町の話なのに、ビルなんか1個も描いてません(笑)。私、自分のこと「すき間商品」って言ってるん です。少年ジャンプで一番になるとか、そういう漫画家は無理だと、勝手に位置を決めてましたから。自信が あったら、ミニスカパブにもエロ本にも行ってません。
 やなせ 僕はその「上京ものがたり」が一番好きなんだ。ホステスなんてやったことないし。というか出来ないし(笑)。生きていくっていうのは、満員電車に乗る ようなものでね。その中で席を見つけるということなんですよ。頑張ってずーっと乗ってると、いつの間にか1人2人と降りていく。「わあっ、あそこ空いた」って(笑)。 満員でも、無理矢理乗っちゃうんです。やめたらダメ。降りたら終わり。あきらめさえしなければ、貧乏でも何でも、必ず糧になる。ミニスカパブも、夫と別れるのも ね(笑)。後で考えると、やっぱり何かにつながってる。必要なんだ。
 西原 私なんか、席が空かないから、勝手に補助席出しちゃったもん(笑)。でも、中にはずっと幸せに生きて、幸せな漫画描いてる人もいるんですよぉ。それで 私より売れてるってのが、もう悔しくて悔しくって。
 やなせ 大丈夫。根性が曲がってるのは漫画家に向いている。あなたは漫画の前に、本人が面白いんだから(笑)。=次回は3日。話題は「正義」や「家庭」へと 深まります。

毎日新聞 2006年1月1日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20060101ddm013100076000c.html



夢の新春対談 アンパンマンと毎日かあさん/中

 《今回はまず、やなせさんの知られざる業績から》

 西原 先生は学校を卒業されて、三越に勤められたんですよね。
 やなせ ちょうど宣伝部が出来た時にね。僕はほら、貧乏するのが嫌いなんですよ(笑)。だからちゃんと勤めてですね、そこで月給もらいながら、漫画 描いて投稿してた。
 西原 三越の包装紙のデザイン、先生がなさったんでしょう?
 やなせ 今使われている包装紙はですね。あれは(現代美術家の)猪熊弦一郎先生がデザインですけれ ど、僕が入ったときにクリスマス用に包装紙替えようというんで、「お前が頼みに行け」と。先生の所に行ったら、濃いピンクの色紙を切ってどんどん紙に張るんだ な。それを持って帰って、先生が「三越という字は君が書いてね」って言うから、僕が書いた。クリスマス限定版だったんだが、それがものすごい好評で、今の三越の 包装紙になった。あの字は僕なんだ。
 西原 (拍手)
 やなせ あれは、白地なんですね。戦後の街に「白に赤」という明るさが、ものすごく目立ったんです。それで、ほかのデパートも全部白地になった。

◇飢えを救ってこそ「正義」
 西原 戦争体験は、描かれる漫画にも影響しましたか。
 やなせ それはすごい、作品作りの中でありますよ。一番大きいのは「正義というのは信じ難い」ということですね。日本は「中国の民衆を救う」「正義の 戦いだ」と言っていたが、戦争が終わったら悪者になっていた。正義は簡単に逆転するんです。フセイン対アメリカでもイスラエル対アラブでも、両方とも「自分の方 が正しい」と言っている。勝った方が正義になる。ですから、そんなものは信じ難い。正義の味方なんてものは、信じられないんです。
 それともう一つはですね、人生で一番、何がつらいか。「食べられない」ってことなんだよね。だから「正義の味方」だったらね、まず、食べさせること。飢えを 助ける。でも戦後ずっと、スーパーマンとかウルトラマンとか、いっぱいヒーローは出てきたけど、みんな飢えている人を助けないんですね。だから「それをやんなく ちゃ」という思いがずーっとあって、結局、アンパンマンにつながっていくんです。
 西原 でもそれに対して「顔を食べさせるのは残酷」って、苦情も来たんですよね。
 やなせ そう、だから「これ、あんパンですから、食べられるんです」って(笑)。何かちょっと違うことやると、文句言う人って出てくるんです。

◇人にもまれて子は育つ
 司会 西原さんにとって、大きな原体験は?
 西原 ろくでもない生い立ちとか、いろんなことがありますけど、高知 の皿鉢(さわち)料理は大きいですね。三日三晩とか続く宴会で、家の戸を全部開けて、 通りすがりの人も入っていいんです。大人が大騒ぎで飲み続けて、ホラばっかり吹いてる(笑)。でも「けんかをしちゃいけない」というルールはあって、話の最後に、 必ず笑いを入れる。「高知の酔狂」というんですけどね。これは私の芸風に役立ってますね。
 やなせ 高知の宴会って、子どもも参加するんです。子どもは羊羹(ようかん)とか食べながら、赤ちゃんの時から出ている(笑)。だから世の中って、年中 宴会しているもんだと思ってて、県外出たら違うから驚いた(笑)。そういう意味じゃ、今は大人と子どもが分離され過ぎている気がします。
 西原 一緒くたの中で学ぶことって、ありますよね。うちは私の母が同居しているんですけど、老人は使える(笑)。お年寄りから学ぶことって、すっごいあり ますよね。私、機嫌損ねないように必死だし、おみそ汁つくってくれなくなりますからね。朝も起こしてもらえない。子どもは社会を学んでますよ(笑)。それぞれ事情が あって仕方ないんだけど、核家族とか、みーんなバラバラになって、そうやって子ども育ててる。私、ほんと今、母に感謝しています。
 やなせ 犯罪とかあって、子どもが外で遊べなくなったのもかわいそうだけど、オートロックとか、家庭自体が隔離空間みたいになっているのもかわいそう。家 に、いろんな人が出入りしなくなったでしょう。「育つ」って、人と接していないとね。=明日は06年のメッセージ

毎日新聞 2006年1月3日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20060103ddm013100024000c.html



夢の新春対談 アンパンマンと毎日かあさん/下

 《「安心して子どもを外で遊ばせられない社会」について、2人の舌鋒はある一点で交差する》

◇性表現、もっと「良識」を
 司会 親として漫画家として、今の子育て環境について。
 西原 私みたいなお笑い漫画家がよう言いませんけど、ただ、世の中みんなが脅迫産業になっているでしょう。「はげたらどうします」っていうノリで、「お子 さんがニートになったら」とか「キレる子になったら」とか。みんなが親を脅迫するから、もうお母さん、怖くて仕方ないですよ。
 みんな一生懸命育ててますよ。時代はどんどん変わっていくから、世の中って生き物だから、子どもはその状況に合わせて成長していくから「今の子は、今の子は」って 言うのは、絶対、変。そんな脅迫産業の言うことに負けないでくれ、と。だって今の子も20年前の子 も、やっぱりアンパンマン好きじゃないですか。
 やなせ そう、作者としては実に光栄なんだが、もう親子でアンパンマンで育った方もいる。なぜだか、どの年の子も赤ちゃんのころからアンパンマンを好きに なってくれる。でも、赤ちゃんの時、無意識の時に入っちゃうということは、その影響を考えると恐ろしいところがある。
 だから、漫画界にひとこと言うとするとですね、現在、ロリコンの漫画とかすごいあるんだけど、あれだけはやめてほしい。いま、幼女殺人とか起こっているけど、ああ いう漫画を世の中にのさばらせるのは、非常に困るんです。金はもうかるかもしれないけど、そういうものを描くのだけはやめてほしい。
 西原 私はセックスの漫画、性表現はあってもいいと思うんですが、でもやっぱり、越えてはいけない一線はあると思う。子どもを相手にした変態ものは、絶対 やめるべきですね。何より嫌悪感がある。
 やなせ ところが昨今は、作者も出版社も一線を越えて、何でもあり。あそこが越えたからうちもいいだろう的になってしまった。それは漫画だけの責任でなく、 ネットとかゲームとかいろいろあるんだけど、やっぱり社会全体が考えるべき。「良識」っていうのはあるから。それはむしろ、出版する方が持たなければね。作家は弱い けれど、そっち側にきちんと良識があれば、何でもありにはならないはずだから。

◇勉強よりも世界をみて
 司会 子どもたちに望むことは?
 やなせ そんな、おこがましいこと。僕は作品を作る時、子どもたちは年齢が違うだけで同じ人間だと、ずっとそう思ってやってきた。だから自分が面白いと 思えるものを、一生懸命描いてきた。大事なのは両親と友だちでしょう。その影響って、すごい強いですから。例えば僕が「この本は読んだ方がいい」と言っても、両親 がいい本を読んでいなければね。僕も、父親の書棚にある美術書や文学全集を出してた。子どもなりに読んじゃうんだ。面白いところだけ。子どもに読んでほしい本が あれば「これは読んではいけない」って言っとくと、勝手に読みますよ(笑)。
 西原 私は、自分の子どもには、たくさんケンカして、たくさん失敗してほしいです。私みたいなお笑い漫画家が「勉強しろ」とか偉そうなこと、とても言えま せん。いろんな人とぶつかり合って、経験と関係を積む。それで、もう少し大人になったら、外国に出てほしい。ものすごく貧しい国から豊かな国まで、世界を見てほしい。 本読んで考えるより見ちゃった方が早いし、とにかくどんどん外に出てほしいですよね。
 司会 最後に今年の抱負を。
 西原 戌(いぬ)年にかけて「犬と思えば腹も立たない」を標語に。子育てっていろいろあるけど、そんな立派な人になってほしいわけじゃないし、どうせ言った って聞いてないし(笑)。上手に視線を外して。不毛な夫婦げんかと離婚の果てに学んだ結果ですけど(笑)。
 やなせ 僕はもう87歳になるから、何とか生きていたいということなんだけど(笑)。もうこの辺まで来ると、今までもやってきたけど、もっとチャリティー みたいなことをやっていきたいね。去年2回入院しましたが、病院に入ってみると、病気の子どもたちが結構いるんですよね。そんな子どもたちを何とか慰めたいんです。 全部の子どもは出来ないけれど、出来る範囲でやっていきたい。自分も楽しみたいから、携帯用の音響セットを買ったんです。
 西原 マイクを持ったじいさんが、うれしそうに病室にやってくるわけですね。
 やなせ ハハハ、そう。体が続けばね。

毎日新聞 2006年1月4日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20060104ddm013100026000c.html



■人物略歴
◇やなせ・たかし
 1919(大正8)年、高知県香北町生まれ。三越百貨店にグラフィックデザイナーとして勤務し、53年に独立。73年「アンパンマン」を刊行。88年アニメ化。 総発行部数は2000万部以上。月刊「詩とメルヘン」を創刊し、「手のひらを太陽に」などの作詞家としても活躍。日本漫画家協会大賞など受賞多数。

■人物略歴
◇さいばら・りえこ
 1964(昭和39)年、高知市生まれ。武蔵野美大視覚伝達デザイン科卒。在学中の88年に「ちくろ幼稚園」でデビュー。一男一女の母。02年10月「毎日 かあさん」連載開始。04年、同「カニ母編」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞。05年「上京ものがたり」「毎日かあさん」で手塚治虫文化賞短編賞受賞。



◇サイン入り色紙プレゼント
 新春対談を記念して、やなせたかしさんと西原理恵子さんが、一緒に記したサイン入り色紙を、読者3人にプレゼントします。アンパンマンと毎日かあさんが同じ 色紙に描かれた、大変貴重な3枚です。
 希望者は〒100−8051(住所不要)毎日新聞生活家庭部「サイン色紙」係へ。12日必着。発表は発送をもって代えます。
◇「ああ息子」増刷!
 12月に発売した単行本版「ああ息子」(西原理恵子&母さんズ著、毎日新聞社刊、880円)は、おかげ様で大好評。早くも増刷が決まりました。一部書店では 売り切れとなり、入荷待ちでご迷惑をおかけしております。もうしばらくお待ち下さい。
 「ああ娘」は今年も続きます。楽しい投稿をお待ちしています。


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