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介入の根拠
―パターナリズムの根拠(根拠としてのパターナリズム),自己決定する「自己」(人間像)について―


第1回 Body and Society 発表レジュメ
樋澤吉彦


1.自己紹介とこれまで
1)簡単な自己紹介
    (略)
2)大学・大学院等で学んできたこと
 大学で主に精神保健福祉分野におけるソーシャルワークについて学ぶ.指導教官は坪上宏氏(故人.国立精研→福祉大→「やどかりの里」研究所.専門は社会福祉 方法論) .◆01
 大学卒業後,民間精神病院の「老人性痴呆疾患治療病棟」担当ソーシャルワーカーとして3年間だけ勤務.「患者」と「家族」と「病院」(と「私」)の「都合」◆02  の せめぎ合いを経験.「逃げる」ように大学院へ.
 社会福祉援助「技術」の前提となる,いわゆる「援助関係」について興味を持つ.  特に,「独自」の援助関係論を展開した上述の坪上宏氏の所論に強い興味を持ち,修士論文は坪上の援助関係論(以下,坪上援助関係論)についてまとめる(樋澤吉彦 [2000a]).この頃に立岩氏の『私的所有論』(立岩真也[1997])を何気なく入手.しばらくの間積読状態であった.この時読んでいたならば,坪上援助関係論についての 見方も変わっていた気がする.それは主に下記の坪上援助関係論の特徴に拠る.

 坪上は,社会福祉学界で以前から続いていた/いる,いわゆる「(社会福祉援助)技術論」と「(社会福祉)政策論」の相互排除的な議論の「掛け橋」として,「歴史性」 (ここでは,資本主義社会の生成・発達段階とそこに見る人間像の特性)を反映させた技術論を,「技術論」の立場から提起.具体的には真木悠介(見田宗介)の「二重の疎外」 論(真木悠介[1973])と大塚久雄の「社会科学における人間類型」論を(大塚久雄[1977])援用(坪上は東大経済学部時代に大塚の講義を受講していた).
 また同時に坪上は,社会福祉実践に「労働過程」の概念も援用.理由のひとつとして,この概念は,「人間に備わった能力」で自然に働きかけこれを変化させて自分に 取り込み(「自分のもの」とし)自分自身を変化させる,という性質が援助関係における関係の本質を示唆しているから,という点を挙げる.この部分について立岩の 次の記述・・・,「・・・私達は,『主体』が『外化』したものを再び『主体』のもとに取り込む,『内化』する(『内化』できなかった時に『疎外』が生ずる)という図式から 分かれている・・・」,「私の制御するものは私のものであるという言明は,一つの信念を語るだけである」(立岩真也[1997]:120).(このへんのことについては, 検討を一旦保留中)

 坪上は,1)一方的関係(個別状況の関心に対応),2)相互的関係(真木の「媒介からの疎外」に対応),3)循環的関係(真木の「媒介への疎外」に対応)という援助関係 の3性質を提起.私は,3)循環的関係の重要性「のみ」取り上げていた.しかし・・・.
 日本精神保健福祉士協会倫理綱領改訂過程における,「硬直的」(と私は思っている)議論(自己決定制限条項を入れるか入れないか,について) ◆03 を末端の一会員と して見守るなかで,坪上が,何回かあった精神保健福祉分野のソーシャルワーカー資格化議論に関連してその都度「倫理的に危険な商売への仲間入りの機運」と自戒しつつ も「一方的関係」を決して否定していないことをふと思い出す.
 また,2003年7月「心身喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(略称:心神喪失者医療観察法)成立と,精神保健福祉士に対する「精神 保健参与員」(15条・36条)または「社会復帰調整官」(20条.平成16年4月1日には全国の保護観察所に約50名の調整官(法施行までは法務事務官)が誕生予定.精神保健 福祉士だけが受験資格者ではない)としての役割の「義務」.「総論」反対の立場をとり,権利擁護システムの確立等,要望・提言はしていくと言いつつも,概ね本法に 「乗る」方向の協会の姿勢に対する違和感.

 そもそも「介入の根拠」は何か? なぜ「専門家」(私の関心は特に社会福祉分野における)は「支援」「かかわり」という名のもとに「介入・干渉」が可能 なのか?  ◆04 

2.先端研における研究について
1)研究主題
介入の根拠 ―パターナリズムの根拠(根拠としてのパターナリズム),自己決定する「自己」(人間像)について―

2)研究目的
1.いわゆる「社会福祉」分野において,「援助者」としての個人・集団・国家が,法・制度・政策といった巨視的装置,または社会福祉援助技術(ソーシャルワーク)と いった微視的装置を用いて,「被援助者」としての個人の「生」に対して行ってきた「支援」・「干渉」・「介入」の根拠原理,基準,及びその様態の整理・検討作業.
2.「支援」・「干渉」・「介入」の根拠原理のなかでも,一般的に否定的概念としての位置を与えられ,いわゆる「自己決定」と対置される傾向のある「パターナリズム」 の検討作業.
 上記の2つの作業を通して,パターナリズムの定義,正当化要件(理由)及びその適用基準(方法)を整理したうえで,「定義要件が満たされたパターナリズムの うち,正当化要件が備わっておりかつ方法も妥当な限定つきパターナリズムは,自己決定/自己決定権を支えるために不可欠な原理である」という仮説を実証すること.

3)問題関心 −なぜ,特に「パターナリズム」にこだわるのか―
 いわゆる「社会福祉」の文脈において「自己決定」という考え方は,「援助者」側としての個人・集団・国家,あるいは「被援助者」側双方にとって,その内実に微妙な 差異が指摘されてもいるが ,◆05 最も基本的かつ重要な価値の1つとして自明視されている.
 それに対し「パターナリズム」は,後述するように,「被介入者のために」という「理由」で当該個人の「自己決定」に基づく行為・行動に対して何らかの様態◆06 で 干渉・介入を行うという,介入の根拠原理の1つとされており,一般的に忌避されるべき概念と見なされていると同時に,「法」の世界では法的介入の正当化根拠のひとつ ともされている.
 「自己決定」と「パターナリズム」は単純に比較すれば相反する原理であり,現象的には親和性を見出すことはできないように思われる.本研究は,このような「自己 決定」と「パターナリズム」についての一般的な捉えられ方に対する筆者の「違和感」を基底にしている.

4)本研究の意義
 筆者は,「被援助者」の自己決定/自己決定権を「援助者」が「制限」することに一定の違和感を抱きながらも,「自己決定」を絶対的な原理と定置して,「自己決定」 と「パターナリズム」を杓子定規に対置させる一般的な考え方を上述した研究目的に沿って再考することは,本来的で実践的な「自己決定」支援の思想と方法を構築する うえで有意義であると考える.

5)研究課題と方法
1.「支援」・「干渉」・「介入」の根拠原理の整理を行なうこと(背景,妥当性等).本課題については、パターナリズムとも関連して多くの先行研究がある法哲学分野に おける先行研究の整理・検討を中心に行いたいと考えているが,現在のところ付け焼刃的な学習状況である。
2.特に「被援助者」の「特性」から相対的に、援助者側の干渉・介入の度合いが強いと考えられる精神医療の分野において、これまでどのような「社会福祉」的な「支援」、 「干渉」、「介入」が「専門家」(主に「社会福祉学」を基盤としたソーシャルワーカー)により行われてきたのかについて分析・検討を行うこと。本課題については、特 に精神保健福祉分野における「施設史」の先行研究レビュー及び、現在の精神医療体制/大勢への「対抗」として存在してきた/いる個人・団体に対してのインタビュー 調査を実施したいと考えているが,具体的には未定.
3.1.と間連して,干渉・介入の説明原理の1つとして理解され、わが国では、一般的に「『専断的権威主義』『家父長主義』『大きなお世話』『余計なお節介』『善意の 押しつけ』などとほぼ互換可能な同意語表現として非難的に用いられ、他方では様々な法現象を説明する正当化根拠原理として『正当化されるもの』として論じられて いるという相反する文脈で用いられている」(瀬戸山晃一[1997]:238)「パターナリズム」の概念定義、様態、および正当化要件について、先行研究の整理・検討を行う こと。

6)やらなければいけないと思っていること,とりあえずやったほうが良いと思っていること
やらなければいけないと思っていること
 博士予備論文および博士論文のフレームワークづくり(目次立て)作業
 精神医療および精神保健福祉にかかわる「年表」の作成
 上述2−5)−2.の調査のための予備学習
とりあえずやったほうが良いと思っていること
 (上述論文執筆の予備学習として)「自己決定」する自己像(人間像)についての研究ノート作成.現在作業中.

(注)
◆01 坪上宏については,住友雄資[1996],坪上宏他[1998].拙稿として樋澤吉彦[2000a],同[2000b],同[2001a],同[2001b].
◆02  坪上は自身の一連の論文のなかで、「都合」(もしくは「関心・都合」)という用語を多用した.坪上は「都合」を、「状況における何らかの自己保存の必要ないし 利害」を表す用語と定義し、多義的な日常語である「都合」を一義的な学問用語としても用いることにより、「日常生活からの学問の遊離」を防ごうとした(坪上宏[1982] :97).
◆03  この議論の経緯については,日本精神保健福祉士協会倫理綱領委員会[2002],樋澤吉彦[2003].
◆04  社会福祉的「援助」の正当化問題について,岩崎晋也[2002].
◆05  「自己決定」に対する「援助者」側と「被援助者」側との認識の差異については,立岩信也[2000],児島亜紀子[2000],同[2001]等.
◆06  パターナリズムの種類について樋澤吉彦[2003]でまとめた.


■ 文献(アルファベット順)
樋澤吉彦 2000a『坪上宏援助関係論の特質』,日本福祉大学大学院社会福祉学研究科社会福祉学専攻博士前期課程修士学位請求論文.
樋澤吉彦 2000b「坪上宏援助関係論についての一考察:その変遷と特質の検討」,『日本福祉大学大学院社会福祉学研究科研究論集』,13:23−32.
樋澤吉彦 2001a「『坪上宏援助関係論』構築の歩み:社会福祉方法論研究の一視角としての坪上宏研究」,『新潟青陵大学紀要』,1:73−85.
樋澤吉彦 2001b「坪上宏の援助関係論に内包する『変化』の意味についての一考察:『循環的関係』の検討を通して」,『社会福祉学』,42(1):34−43,日本社会福祉 学会.
樋澤吉彦2003「『自己決定』を支える『パターナリズム』についての一考察:『倫理綱領』改訂議論に対する『違和感』から」,『精神保健福祉』,34(1):62−69, 日本精神保健福祉士協会.
岩崎晋也 2002「なぜ『自立』社会は援助を必要とするのか:援助機能の正当性」,古川孝順・岩崎晋也他『援助するということ』:69−133,有斐閣.
児島亜紀子 2000「自己決定/自己責任:あるいは、未だ到達しない<近代>を編みなおすこと」、『大阪府立大学社会問題研究』、50(1):17−36.
児島亜紀子 2001「社会福祉における『自己決定』:その問題性をめぐる若干の考察」、『大阪府立大学社会問題研究』、51(1・2):331−342.
日本精神保健福祉士協会 倫理綱領委員会[2002]「倫理綱領委員会からのお願いとお知らせ」.
真木悠介 1973「現代社会の存立構造:物象化・物神化・自己疎外」、『思想』、587:22−30.
大塚久雄 1977『社会科学における人間』,岩波書店.
住友雄資 1996「『気づき』の援助関係論:坪上援助関係論によせて」、川田誉音・大野勇夫他『社会福祉方法論の視座』:77−88,みらい.
瀬戸山晃一 1997「現代法におけるパターナリズムの概念:その現代的変遷と法理論的含意」,『阪大法学』,47(2):233−261.
立岩真也 1997『私的所有論』、勁草書房.
立岩真也 2000「空虚な〜堅い〜緩い・自己決定」、同『弱くある自由へ:自己決定・介護・生死の技術』:14−49,青土社.
坪上宏 1982「学会報告とその後に考えたこと:自己覚知・異和感・記録の条件」、坪上宏編集代表『実践記録:その条件に関連して』,12:93−107,実践記録研究会.
坪上宏他 1998『援助関係論を目指して:坪上宏の世界』,やどかり出版.

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