HOME(Living Room) BAS 第2回 Body and Society 発表レジュメ 坂下正幸 1.はじめに 〜自己紹介〜 (略) 2.修士論文の要旨 修士論文 『音楽療法における高齢者の反応と効果』〜サクセスフル・エイジングの「きっかけ」を創る音楽療法の可能性〜 音楽療法は、作業療法や理学療法などとも類似している部分があるが、意図的に音楽を用いた心理療法であり、音楽の「特性」を生かして行われる治療活動、リハビリ テーション活動などを総括的に表した言葉である。今回の修士論文では、この音楽療法に注目し、高齢者を対象にした様々な取り組みを紹介することにする。最終的に は、音楽療法が「きっかけ」となり、高齢者がサクセスフル・エイジング「よりよい加齢/その人らしい老い」を実現することが可能であるかを考察するものである。 では、今回の修士論文を各章ごとに詳しく見て行くことにする。序章では、研究の動機や意義を紹介した上で、なぜ私がこのようなテーマについて修士論文で執筆する ことに至ったか、その理由と背景を掲載している。 次に第1章では、音楽療法の先行研究をまとめ音楽療法の起源、歴史、定義などの詳細を掲載している。なお、定義については、欧米諸国の定義と解釈を紹介し、また、 日本の音楽療法における解釈との相違について明らかにしている。また、音楽療法の目的と効果、音楽療法の種類と形態についても多くの事例を通じて掲載し、その 詳細を紹介している。 第2章では、音楽療法の現状と課題について紹介している。日本における音楽療法が現在、どのように位置付けられているのか、あるいは臨床的な現場における音楽療 法の現状分析、そして今後の音楽療法に求められている課題について明らかにしている。 第3章は、高齢者の心理・生活に関する専攻研究をまとめ、高齢期の心理的特徴などを中心に紹介している。特に音楽療法と大きく関係する高齢者の喪失体験などの心 理的特徴については、詳しく取り上げ、この論文の最終的な目標と考えられる高齢者のサクセスフル・エイジングについても、その専攻研究をまとめ紹介している。 第4章は、独居老人を対象に行った調査について詳しく述べている。独居生活を営む高齢者の生活実態を聞き取り調査により、明らかにした上で音楽療法を実施した 場合、その効果、あるい は有効性と今後の課題についても明らかにしている。なお、この調査は、京都市北区西賀茂地区の独居老人を対象に行った調査であり、男性2名、 女性3名、合計5名の独居高齢者に聞き取り 調査を実施したものである。データに関しては、調査対象者のプライバシー保護のため、本人と特定できる記載内容を避け、 慎重に分析を行ったものである。 第5章は、音楽療法の事例研究である。私がここ数年、セラピストとして関わった、高齢者の事例を掲載し、音楽療法を行った上での評価、今後の課題について明らか にしている。なお事例は、特別養護老人施設17例、医療機関5例を掲載しており、事例に関しても対象者のプライバシー保護のため、本人と特定できる記載内容は避け、 慎重に考察を行ったものである。 そして、最後に終章では、今回の修士論文における結論を述べている。音楽療法では、様々な効果を考察することができたが、実際に高齢者のサクセスフル・エイジング 実現に向けた「きっかけ」創りが果たして可能かと言うことについて結論を出している。 3.音楽療法とは何か (1) 音楽療法の定義 A、日本バイオ・ミュージック学会 (現在、日本音楽療法学会:JMTA) 「身体ばかりではなく、心理的にも、社会的にもより良い状態(well-being)の回復、維持、 改善などの目的のために、治療者が音楽を意図的に用いて行われる 活動。」 B、アメリカ合衆国(全米音楽療法協会) 「音楽療法は、音楽を次の目的に向けて応用する活動。精神的及び身体的な健康の回復、維持そして、改善である。」 ※ ブルスキアの定義 『音楽療法は、組織的な介入プロセスであり、その経過の中でセラピストがクライエント の健康を援助する活動。ここでは、音楽的な体験とそこで生まれる人間関係 が力動的な変容要素として利用される。』 C、イギリス 「言語的なコミュニケーションによる自己実現が、うまくできない人たちにとって、音楽は、安全で保護された環境を意味し、孤立から生まれた感情が充分に発散されるよ うになる。」 ※ オネガーの定義 『安心、平静、緊張緩和、対話、交流の雰囲気を作ること。すなわち、精神生活、人間関係の生活(社会的活動分野)、私的生活(性行動)に応じて人格を再編する こと。』 各国の定義と認識については、どの国においても類似した部分が多いが、共通する特徴は、やはり音楽療法が治療に向けたプロセスであること。あるいは、そのプロセ スにおいて、クライエントとセラピストが信頼関係を築き、過去の音楽体験をもとに治療が展開されると言う点である。 近年、わが国では、臨床的な研究が開始され、その対象者の増加により、音楽療法の必要性が叫ばれているが、やはり、その国の文化、風習に合致した音楽療法の定義 が求められている。特に、わが国では、セラピー(治療的な活動)だけにとらわれない活動が求められており、主に精神科の病院のみならず、医療、福祉、教育、保育、 看護といった幅広い分野での活用が求められている。 この意味から、日本心理臨床研究所、松井紀和氏の定義を、今日の日本的な定義として掲載しておくことにする。 D、日本音楽療法学会(JMTA)副理事長 松井紀和氏の定義 「音楽療法とは、音楽の持っている様々な心理的、身体的、情緒的、社会的な働きを利用して行われる治療、リハビリテーション活動、保育活動、教育活動を総括的に 表した言葉であり、非常に 広い内容を含んでいる。」 (2) 高齢者音楽療法の目的と効果 高齢者音楽療法の目的は大きく分けて2つあると考えられる。1つは、いかにその人らしく生きられるか、もう1つは、その人の持っている最大限の可能性を見つけ出 し、積極的に自己表現できるよう援助することである。 しかし、このような高齢期を獲得するためには、日常生活において何らかの「生きがい」を持ちADLの低下や痴呆、その他の慢性疾患などから回避して、心身共に健康 である状態を維持することである。そこで、高齢者音楽療法の目的と期待できる効果を列挙しておくことにする。 ◇痴呆症の予防、維持、改善 ◇回想効果 ◇リハビリテーション ◇生きがい再生、支援 ◇レクリェーション ◇精神的安定の獲得〜喪失体験によってもたらされたストレスへのアプローチ〜 (3) 音楽療法の種類と形態 音楽療法の形態には、対象者30名以上の集団セッション、対象者10名前後の小集団セッション、一人を対象とした個別セッションがある。また、種類としては、対 象者が実際に歌を歌ったり、楽器を演奏したり、また即興演奏や手遊び、リズム体操等を行う音楽療法を能動的音楽療法と呼んでいる。これに対して、事前に用意された 音楽を流して鑑賞したりする音楽療法を受動的音楽療法と呼んでいる。 4.音楽療法の課題 音楽療法は、人間関係の絆の回復、リハビリテーション、QOLの向上、生きがい支援など様々な効果と目的を持ち合わせているが、専門領域の深まりと研究の蓄積が 見られる欧米諸国と比べて日本の音楽療法は、これから10数年で大きく発展して行く可能性がある成長期にあると言われている。しかし、音楽療法が日本社会に普及 するためには以下の課題をクリアする必要があると考えられている。 (1) 音楽療法の有効性を明確化する 〜より臨床的な事例研究と効果の客観性の追及〜 (2) 対象者の倫理問題への着手(主体性、自己決定、プライバシー、評価基準など) (3) 音楽療法士の養成(教育機関と労働環境の整備、賃金など) (4) 音楽療法士の資格制度(JMTA日本音楽療法学会認定制度、国家資格化など) (5) 音楽療法士の質の向上(あらゆるクライエントに対応できる知識の習得と経験など) (6) 音楽療法を行う場での労働環境の整備(専門職同士の協力関係、認識不足の改善など) 5.修士論文で明らかになったこと 今回の修士論文では、音楽療法で期待できる様々な効果とサクセスフル・エイジング実現に向けた音楽療法の役割が明らかになった。高齢者を対象にした音楽療法を実施 した場合、身体的な効果としては、痴呆などに伴う問題行動の減少とリハビリテーション効果、その他、心肺機能の活性化など身体レベルの向上につながる効果を明らか にすることができた。 次に心理的な効果としては、カタルシス効果(心の安定とストレスの軽減)、回想効果、自己実現による満足感の充足などを、音楽療法で得られることが明らかになっ た。また、音楽療法における社会的な効果としては、役割意識や集団意識の向上の実現が音楽療法を通じて可能になることが明らかになった。 そして、最後に音楽療法とサクセスフル・エイジングの関連性について述べることにする。音楽療法では、治療的な環境に止まらず、多くの高齢者を対象にした「生き がい支援」の可能性、サクセスフル・エイジング実現に向けた「きっかけ作り」が可能であることが実証された。しかし、個人的な「生きがい」やサクセスフル・エイジ ングの実現は、過去の生活歴、価値観が大きく影響しているため、一概に音楽療法が多くの高齢者にとって有効的であるとは考えづらい。だが、音楽療法に参加すること で、心を満たせる対人関係を維持することができれば、これは大変、大きな効果であり、サクセスフル・エイジングを実現する良い契機となるのではないだろうか。 6.これからの研究テーマ 音楽療法は、わが国において、これから10数年で発展して行く成長期にあると考えられている。音楽療法が今後、発展して行くためには、多くの問題解決が必要不可欠 となる。その中でも対象者の倫理問題の解決が大変重要であり、自分自身がセラピストとしても解決しなければならない大きな課題である。そこで、今回の先端総合学術 研究科における研究では今日、対象者の主体性や自己決定権と言った倫理問題が音楽療法の臨床的な環境でどのように認識され、どのように対処されているのかを分析し ようと考えている。 音楽療法の問題点をセラピスト、クライエント、臨床的な環境で働くスタッフの3者、それぞれの立場から分析し、倫理問題の解決に向けた方法を模索するもので ある。 〈現時点での研究内容〉 ◇対象者の自己決定とはなにか ◇対象者の自己決定を阻害するものとはなにか ◇3者の倫理問題に対する認識 〈方法〉 ◇倫理問題に関する意識調査 1、音楽療法士 2、クライエント(対象者) 3、クライエントに関わるスタッフ 7.参考文献 1、高齢者の『こころ』事典 日本老年行動科学会 監修 中央法規 2000年 2、北本福美 著書 『老いの心と向き合う音楽療法』批評社 2001年 3、賀戸一郎 『サクセスフルエイジングのための福祉』 勁草書房 2001年 4、ハンス=ヘルム・デッカー=フォイクト 他著書 『音楽療法辞典』人間と歴史社 1999年 5、『こころの科学』92 芸術療法 日本評論社 2000年 ◇Body and Society ◇掲示板 |