HOME(Living Room)
>Kitamura

「二十歳の夏――ひげを剃るとき」
三井ちあき


 おじいちゃんはかすかに冷房のきいた部屋で高校野球を観ている。
「はい、おじいちゃん。麦茶」
「ああ、ありがとう」
なつみはそっと麦茶を置いた。
「あ、なつみ。おまえ、この夏で幾つになる?」
「二十歳よ」
 なつみの誕生日は八月八日。夏休みなので、小学校の御誕生会はいつも九月生まれの人と一緒だった。もう御誕生会の歳でもないのだが。
「もう二十歳か…。二十歳といえば、おじいちゃんはもうその頃は就職して、川島に勤めとったよ」
「ふーん」
 川島というのは、おじいちゃんが勤めた川島電工のことだ。なつみはおじいちゃんの傍に座った。
「その頃はもう戦争が始まっていたの?」
なつみはふと思いついて言った。
「ああ、始まっとったよ。おじいちゃんが学生のときに、戦争は始まったんだ」
「それって、おじいちゃんが幾つのとき?」
「うーん、幾つだったかなぁ。山口高商を受験したのが十五歳だから…」
 おじいちゃんはテレビを消した。そしてどこか遠くを見つめるように、そのときの記憶をたどっていった。

一、山口高等商業学校
「昭和十六年の春、三月一日にわしは旧制中学を卒業した。その時、母さんは病院から式に駆けつけてくれた。というのは、その頃わしの父さんが入院していてね。 三月四日に父さんは病院から家に帰ってきた。それは良くなったというわけではなくて、もう余命わずかになったからだ。十四日に危篤状態になって、十五日に亡くなった。
 あの時のことは今でも鮮明に覚えているよ。なぜなら次の日が入学試験だったからね。山口高等商業学校、今の山口大学だ。その試験が十六日と十七日に予定されていた。 わしは父さんが亡くなったこんな時に、試験を受けに行っていいものかどうか迷った。でも母さんが言ってくれたんだ。『一生に一度のことなんだから、 しっかり受験してきなさい』とね。
 わしは父さんとの別れもそこそこに汽車に乗った。今じゃ新幹線ですぐの山口だが、当時は何時間もかかってなあ。やっと山口に着いた時はもうすっかり日は暮れていて、 辺りは真っ暗だった。予定では友達と一緒に試験場の下見をして、宿を探すつもりだったんだが。わしは先に行ったみんなを追いかけて、何とか宿を見つけて泊まることができた。 後でみんなとは合流できたけどな。
 試験に合格して、わしは晴れて山口高商の学生になった。わしは四月から山口高商の寮に入ったよ。寮には一年間入ってた。寮は毎朝六時起床で、早朝ランニングがあってね。 そのランニングをしていた最中だったらしいよ。放送があったのは。ランニングから帰ってくると、舎監さんが神妙な顔をしていたから、何かな、と思ったんだ。そうしたら、 アメリカと戦争状態に入ったと教えてくれた」
「いつ?」
「なつみは知らんのか? 昭和十六年十二月八日。今で言う太平洋戦争が始まった日だよ。それからな、学校では軍事教練も始まった。科目の勉強ではなくて、 兵隊の訓練をするんだ。そして三年生に三ヶ月繰り上げ卒業の命が出た。わしの時には半年繰り上げ卒業になった。だから、わしが山口高商にいたのは、実質二年半だったよ」

二、久留米歩兵四十八部隊
「昭和十八年の秋にわしは山口高商を卒業した。十八歳だった。それからわしは川島に就職した。九月から翌年の三月まで勤めたよ。
 昭和十九年に徴兵検査を受けた。数え年で二十歳になると兵役に就かなくてはならなかったから、みんな数え年で十九歳のときに受けた。結果は第一乙種。ほら、 甲乙とかあるだろう? 一番良いのは甲種だから二番目に良かったんだ。確かおじいちゃんは、体重が軽めだったから乙になったと思う。わしは西部軍に配属された。 久留米の国分に今でも自衛隊の駐屯地があるだろう」
「えっ、あそこって、わたしの大学の近くだよ?」
 なつみはちょっと驚きの声を上げた。
「あぁ、あそこだよ。そこは歩兵四十八部隊と言って、小銃を扱う重機関銃中隊が二つあった。だいたいビルマ戦線に兵を出していた。そこにわしは入ったんだ。
 入隊したらまず初年兵として、兵士としての教育を受ける。初年兵は上官の命令には絶対服従でね。ちょっとしたことで兵長に叩かれたもんだ。 初年兵はまるで上官のおもちゃみたいなものだったよ。理由は何も通らないんだ」
 なつみは恐ろしくなって身を固くした。
「かばってくれた先輩もいたけどね。『申し訳ありません。私の教育がなっていないばかりに失礼いたしました。後できつく言っておきます。 ……おまえ達がしっかりしないから俺まで怒られるんだ』とか言って。とにかく三ヶ月の初年兵としての教育を終えないと一人前として認めてもらえないんだ。
 何とか初年兵の教育が終わって、わしは二等兵になった。しばらくして部隊の一部が台湾沖へ出撃していった。その後どうなったのか、詳しいことは知らんが、 どうやら帰らぬ人になったようだ。
その後経理学校の試験があって、わしは甲合格だった。合格したわしは甲種幹部候補生として、部隊内での教育と『通習』を三ヶ月受けた」
「ツーシュー?」
「部隊の外に勉強するところがあって、通っていくんだよ。それが九月から十二月まであった。こうして昭和十九年が暮れていった。
 年が明けて昭和二十年。二月に突然、姉さんが経理学校に面会に来た。何でもこれから満州に渡るらしい。当時、戦局は既に悪化していて、 本土もいつ爆撃されるか分からないと言われていた。その頃は本土よりも満州の方が比較的安全だと考えられていた。だから、戦火を避けるために満州へ渡ったんだ。 ……だが、それが姉さんとの最期の別れになってしまった。それが心残りと言えば心残りだな」

三、青天井の東京
「六月にわしらは東京へ向かった。国分寺の経理学校に入るためだ。だいたい西部軍は新京か、北京の経理学校に行くのが通例だった。二つ上の先輩は北京に、 一つ上の先輩は新京の経理学校にそれぞれ行った」
「シンキョウってどこ?」
「ほら、満州の街だよ。あぁ、長春とも言ってたな。おじいちゃんの頃は新京と言ってたんだ。新しい京と書いてな。わしらも新京か北京に行くのだろうと思っていたが、 戦況が険しくなって、大陸や海外へは行けなくなったんだろう。実際、輸送船がやられたりしてな。敗戦の色が濃くなる一方だった。
 東京駅に着いてみると、駅は空襲のために屋根が無くなっていたよ。青天井だった。わしらは司令部の留守部隊に配属された。それが結果的にあの戦争で助かることになったわけだ。 もし出撃していたらどうなったか分からんよ」
 おじいちゃんは一息ついて、麦茶を飲んだ。
「経理学校ではな、兵科将校と経理将校がそれぞれの科目を教えた。なつみももう分かるだろう。兵科は兵士としての訓練。そして経理の勉強だ。でも、 もうその頃は兵科将校がほとんどいなかった。戦地に駆り出されていたんだな。だから兵科の時間はいい加減なものだった。小金井ゴルフ場でスポーツをしたりとかね。 訓練が楽だったから、経理の勉強のちょうどいい気分転換みたいな感じだったよ。
 あと、『現地自活』とかいって、サツマイモを植えたりもした。戦場に行ったら食べ物がないから自分たちで調達しろということだ」
「じゃ、そんなに危ない目には遭わなかったの?」
「そうだなあ、おじいちゃんは比較的危ない目に遭わなかった方だと思うよ。行軍訓練で田無に行った時に空襲に遭ったなあ。田無に飛行機工場があって、それを爆撃したんだ。 その時は目の前に焼夷弾や爆弾が落ちてきて、恐ろしかったよ。あ、そうそう、完全軍装で走った時はきつかった。訓練でね、完全な装備をして走らされたことがあって、 おじいちゃんは倒れてしまったんだ。営内安静だったかな、営舎のなかで二日間寝込んでいたよ。そのときにねぇ、なぜか知らないが、サッカーの夢を見たんだ」
「サッカーの夢?」
「そう。おじいちゃんは山口高商のとき、サッカー部に所属していたんだ。当時は蹴球と言っていたけど。夢の中でね、友達とサッカーをしていたんだ。 なぜサッカーの夢だったのかなぁ」
 おじいちゃんは少し懐かしそうに言った。
「もう戦況は悪くなる一方だったよ。苦戦を強いられていることはわしらにも薄々分かっていた。八月十四日に『明日は第一礼装で集合せよ』という命令が出た。 その時は分からなかったが、もう十四日の時点で終戦、つまり敗戦が決まっていたんだね。おじいちゃんはもう少しで見習い士官になるところだったけど。 敗戦が決まっていたとはいえ、直前まで警報が鳴っていたよ。八月十五日の正午、警報の代わりに玉音放送が流れてね。こうして長かった戦争が終わったんだよ」

四、焼け野原の広島
「戦争が終わったそのとき、どんな感じがした?」
 なつみは待ってましたとばかりに尋ねた。
「そうだねえ。うーん、どんな感じだったかなあ。何かみんな放心状態でね、どうしていいか、分からなかったよ。身を処す、っていうのかな、これからどうしたらいいのか、 考えられない頭で考えていたような気がするよ。
 気付いたらみんなぞろぞろと出て行くんだ。わしはどこに行くんだろうと思ってついていった。そうしたらみんな洗面所に集まっているんだ」
「洗面所?」
 なつみは一瞬、何のことだか分からなかった。
「そう。洗面所でな、みんなひげを剃っとるんだよ。ひげを剃りながら気持ちを落ち着けたかったんだろうな。それから今まで使っていた教科書やらを焼くようにと命令が出た。 本を焼きながら日本の将来を考えたよ。
 最後の命令で、九月四日に輸送列車で九州に帰ってきた。途中の広島は原子爆弾で焼け野原になっていた。原爆が落ちたことは人づてに聞いていたが、 本当に何もかも無くなっていた」
「戦後の生活はどうだったの?」
「まず食べ物が無かったからなぁ。配給だったし。いろんな噂も飛び交っていてね。流言飛語って言うやつだ。ある意味じゃ、戦時中より戦後の方が大変だったかもしれん。
 しばらくして、わしは川島の仕事に復帰したよ。おじいちゃんは戦地に行った訳でもないから、特別危険な目に遭ってない。なんて言うのかな、わしの戦争体験と言うのは、 良くも悪くも人生経験のひとつといった感じだよ。わしよりも危険な目に遭った人や辛い思いをした人はいくらでもいるからな」

 なつみとおじいちゃんはしばらく黙っていた。耳を澄ますと、ガラス戸を締め切っているにも関わらす、蝉の鳴き声がうるさいほど聞こえてくる。
「同じ二十歳なのに、全然違うんだね……」
 なつみは大学生活を楽しんでいる自分が恥ずかしいような、何だか変な気分になった。
「おじいちゃんが二十歳の時はそういう時代だったんだ」
 おじいちゃんはあっさりそう言った。確かに時代の違いと言えばそれまでだが、なつみはそれだけでは済まされないような気がした。

 カキーン

 いつの間にかテレビがついていて、おじいちゃんは再び高校野球を観ていた。その表情は落ち着いていて、さっき戦争の話をした人とは思えなかった。
 なつみは思った。きっとおじいちゃんと同年代の人たちっていうのは、それぞれに戦争の体験を持っている。それを口に出して言わずに、ただ黙って働いたんだな、と。

『本を焼きながら日本の将来を考えたよ』

 なぜかその言葉が、なつみの頭によみがえって来た。
「なつみ、麦茶もらえるかな?」
「あ、うん」
 なつみは立ち上がった。忘れてはいけないことがある、と思った。

終わり

※この小説は事実をもとにしていますが、あくまでもフィクションです。全てが合致するとは限りません。御了承ください。
※この小説は執筆者の了解を得て、久留米大学雑誌研究会『Duckbill』第8号発表作品を転載したものです。




アーカイヴ  ◇研究紹介  ◇50音順索引  ◇人名索引  ◇リンク  ◇掲示板

HOME(Living Room)