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反論と応答
社説があまりにひどいので、毎日新聞論説室にメール送信した北村の反論。執筆時間2時間程度なので充分とは言えない。 その後、社説の執筆者である近藤憲明氏より応答があり、それに北村は返信した。


Date: Sun, 30 Dec 2007 13:46:33
Subject: 【至急】12月30日付社説に対する加筆訂正をした社説の要望(北村健太郎)

論説委員さま

 日本学術振興会特別研究員の北村健太郎と申します。

 貴紙の2007年12月30日付社説「C型肝炎救済 薬害発生の検証が欠かせない」の論説に関し、三点ほど疑問点があります。また、 この疑問点はC型肝炎の事実認識に関わる誤りに直接関連する重大な点です。
 以下に疑問点を述べますので、至急明日31日(遅くとも1月1日)までに、訂正および追加説明を付した新たな社説を執筆していただきますよう、お願い申し上げます。
 ことは人命に関わることです。1月4日から薬害C型肝炎感染被害者救済給付金支給法案(仮称、以下法案と略す)の調整審議が始まる以上、 年末年始を返上してご健筆をふるわれますよう、お願いいたします。

 まず、貴説には以下のようにあります。「もう一つは、薬事行政にかかわることだ。薬には必ず副作用がある。 副作用で被害が出るたびに責任を取らされていたら国の薬事行政が成り立たない、という論理立てで切り返す。
 しかし、この言い分にはすり替えがある。血液製剤による感染は副作用によるものではなく、もともとウイルスに汚染されたものを投与されたのだ。 全然次元が違う話を同じ土俵で論じるのはおかしい。」
 貴殿は「国の薬事行政」からの反論を「この言い分にはすり替えがある」と言います。しかし、これに続く貴殿の反論こそ、 医療現場で血液製剤を使用してきた現実を無視した論理です。

 第一に、「血液製剤による感染は副作用によるものではなく、もともとウイルスに汚染されたものを投与されたのだ。」とありますが、HIVウイルスの同定が1983年、 HCVウイルスの同定が1989年である以上、それ以前の医療行為による血清肝炎(HBV、HCVが弁別できなかた時期の非経口的感染する肝炎の総称)の感染は、 「副作用」といっても致し方ない側面があります。2007年現時点における知識で、過去を判断するのは非科学的です。

 第二に、当時の医療従事者は、B型肝炎やC型肝炎が不明確な「当時の知識」で薬剤の有効性と副作用を判断せざるを得ないのであり、 これを「血液製剤による感染は副作用によるものではなく、もともとウイルスに汚染されたものを投与されたのだ。」と切り捨てることは粗雑であり、 読者への謝った情報提供になります。実際、12月30日付社説は、誤った情報提供になっています。

 第三に、貴殿は「骨子では、投与の認定は裁判所が行い、被害者は定められた期限内に血液製剤の投与を受けた証拠となる資料を提出しなければならない。 カルテがあるなら問題ないが、廃棄された場合はどうなるのか。」と述べておられます。貴殿の指摘はもっともでありますが、 それでも書き落としている事実があります。
 共同通信の配信記事によれば、「支給対象者と認定方法」は「支給対象者は後天性疾患でフィブリノゲン製剤または血液凝固第9因子製剤を投与され、 これによってC型肝炎ウイルスに感染した者(治癒した者を含む)およびその相続人とする。製剤投与の事実、因果関係の有無、症状は裁判所が認定する。」 となっています。

 ここで貴殿は、「認定方法」を問題にされているわけですが、「製剤投与の事実、因果関係の有無、症状」の認定が容易な方々の「存在」を無視しておられます。 それは、血友病、先天性フィブリノゲン欠乏症など先天性凝固異常症の方々です。
 貴殿は、法案が「支給対象者」を「後天性疾患」に限っていることから「救済の認定は条件を緩やかにして」と言った程度の記述に留めたのかもしれません。しかし、 現実として先天性凝固異常症でC型肝炎に感染している方1374名、HIVとの重複感染している方が579名います。
 これは、手元にある財団法人エイズ予防財団の厚生労働省委託事業『血液凝固因子異常症全国調査 平成18年度報告書』による 「生存中のHCV感染先天性凝固異常症における感疾患の病期」をざっと見ただけでも判明します。少なくとも2000名弱が同じようにHCVに苦しんでいながら、 貴説ではその「存在」さえ消えているのです。「救済の認定は条件を緩やかにして」という記述では、読者に伝わりません。 「薬害C型肝炎感染被害者救済給付金支給法案」と名乗っていながら、「製剤投与の事実、因果関係の有無、症状」の認定が容易な2000名弱「さえ」無視する法案は、 差別的な法案です。

 これは、貴紙や貴説だけの問題ではありませんが、そうであれば、法案の「支給対象者」を「後天性疾患」に限っていることを指摘し、与党を追及することこそが、 貴紙や貴説の社会的役割、社会的責任ではないでしょうか。「後天性疾患」限定の指摘、追及さえもできないのであれば (これは紙面の都合による割愛ではすまされません)、貴説の「救済の認定は条件を緩やかにして」という貴見に説得力がありません。
 法案の調整審議の開始は、1月4日です。人命に関わる以上、必要な加筆訂正をした上で、法案の問題点を指摘する社説を至急明日31日(遅くとも1月1日) までに掲載していただきますよう、強く求めます。



Date: Sun, 30 Dec 2007 17:31:45
Subject: 毎日新聞の近藤といいます。

北村さま

 大阪本社経由で北村さまからのメールが小生に届きました。論説委員の近藤憲明と申します。社説を執筆した者です。内容を熟読させていただきました。
 血液製剤の承認時ではウイルスに汚染されていたことがわかっていなかったことから「副作用」といっても致し方ない側面があるとしたうえで 「2007年時点で過去を判断するのは非科学的です」というご指摘です。

 確かにそういう主張をされる方はいます。しかし「副作用があることまで責任を問われたら薬事行政は出来ない」という厚労省の反論を認めると、薬害は根絶しません。 薬害肝炎を「副作用」とすることこそ問題だというのが論説委員会の認識でした。どこに過ちがあったのか。それを抉り出し、具体策を実行しなければ薬害が根絶できない、 というのが社説でもっとも言いたかったことです。
 ウイルスの汚染がわかったのはもっと後のことだという事実は承知していました。誤解される受け止め方をされたなら、言葉足らずだったかもしれません。
 ただ、そこを譲ると、また薬害が繰り返される恐れがあります。だから、与党は国に対してさかのぼって発生責任まで認めさせ、謝罪させることにしたのです。

 三番目のご指摘はごもっともです。出産時の投与だけでなく、血友病患者、先天性フィブリノゲン欠乏症の方々など幅広く救済するのは当然のことです。 ひと言も触れなかったのは申し訳なく思いますが、薬害肝炎の社説はこれで終わりではありません。法案提出時や成立したときなど、まだ書く機会があるでしょう。 その際は、こうした人たちも当然救済の視野に入れるべきだと主張したいと思います。

              毎日新聞論説委員
                近藤 憲明拝



Date: Sun, 30 Dec 2007 19:37:10
Subject: 御礼&御健筆に期待(北村健太郎)

近藤さま

北村です。

 お休みのところ、迅速な返信をいただき、ありがとうございます。近藤さまの御意見は概ね理解いたしました。しかし残念ながら、返信メールを拝読する限り、 「時間的観点」が曖昧である点は指摘せざるを得ません。以下、今後のご執筆の参考としてご高覧いただければ幸いです。

> しかし「副作用があることまで責任を問われたら薬事行政は出来ない」という
> 厚労省の反論を認めると、薬害は根絶しません。

 第一に、厚労省の反論は、正確には「【後になって判明する】副作用があることまで責任を問われたら薬事行政は出来ない」ということでしょう。 この反論は組織防衛的な部分はあるにせよ、完全に否定することはできません。
 「【後になって判明する】副作用」を強烈に指弾することで、新薬認可が遅延する影響がないとは言い切れないからです。今度は、 新薬認可によって助かった方々に良くない影響が懸念されます。薬事行政は常に「諸刃の剣」であり続けます。社説に返りますと、 「副作用」という一語で論ずることに多少無理があったのではないでしょうか。

 第二に、近藤さまは「薬害根絶」という言葉をどのようなニュアンスで使われているのでしょうか。非常に使い勝手のよい言葉ではありますが、 原理的に「薬害根絶」はありえません。なぜなら、「薬害」は使った後にしか判明しないからです。
 現実にできることは、できる限りの「薬剤の適切な認可」と、問題が発覚した後の「迅速かつ適切な事後処理」です。いつも、これらには「時間的な幅」があります。 そして、現在焦点となっているのが「迅速かつ適切な事後処理」であることは、私がいまさら言うまでもないことです。

> 薬害肝炎を「副作用」とすることこそ問題だというのが論説委員会の認識でした。

 メールの文章で読む限り、ここにも「時間的観点」の浅薄さが感じられます。

 私も、「現時点」においてC型肝炎を見るならば、「薬害」だと思います。また、他の言い方をするにしても、「甚大なる被害」であることは明白であり、 この点に関しましては、近藤さまと意見の相違はありません。
 しかし、C型肝炎は、ときに20年近い潜伏期間を経て出現し、また1989年までウイルス同定ができなかった疾患です。20年という長い時間が横たわっているのですから、 「現時点」の判断だけでなく、「当時」の長い医療実践の存在も認めなければ、あまりに偏っていると思います。

 「当時」の医療実践の「過程」を認めた上で、「しかし残念ながら結果として」「薬害」が広がったというのであれば、まだ分かります。論説委員会とは、 すべて物事を「結果論」で片付けてしまうのでしょうか。「過程」も丁寧に検討する委員会であると思いたいです。
 文脈が異なりますが、貴紙において『医療クライシス』という特集記事が掲載されておりましたが、こうした日々の医療実践、 「当時」の医療実践の「過程」を認めなければ、医療従事者はやっていられないでしょう。

 定年退職したある看護師は、C型肝炎が同定される以前の「非A非B型肝炎」と呼ばれていたときに働いていたため、胎盤などを素手で触ることもあったらしいのです。 やっと定年退職と思ったら、C型肝炎による肝細胞がんと診断されたそうです。
 私がこの看護師の例を挙げたのは、また先のメールにおいて「当時」の医療従事者の認識を強調したのは、繰り返し申し上げているように、 「時間的観点」を充分に認識された上で、ご執筆いただきたいからです。

> どこに過ちがあったのか。それを抉り出し、具体策を実行しなければ薬害が根絶
> できない、というのが社説でもっとも言いたかったことです。

> ただ、そこを譲ると、また薬害が繰り返される恐れがあります。だから、与党は
> 国に対してさかのぼって発生責任まで認めさせ、謝罪させることにしたのです。

 ここには、原因を追究する「原因指向」と、責任の帰属を論ずる「責任指向」の両者があります。近藤さまの基本的な趣旨が「原因指向」にあるならば、 責任論はできるだけ回避された形で書かれたほうがよろしかったのではないかと思います。

cf. 『医療と生命』
http://www.arsvi.com/b2000/0708sm.htm#1101b

 どんなに政府が原告側に歩みより、「国に対してさかのぼって発生責任まで認めさせ、謝罪」させたとしても、「薬害」やこれに類することは起こり得ます。 その理由は先に述べた通りです。とかく、日本においては、事故/過失などに関して、「原因指向」と「責任指向」が混同される向きがありますので、 両者は強く意識して弁別し、物事を考えるべきです。

> 血友病患者、先天性フィブリノゲン欠乏症の方々など幅広く救済するのは当然
> のことです。(略)こうした人たちも当然救済の視野に入れるべきだと主張したい
> と思います。

 この点に関しては、近藤さまのご健筆に期待します。私などの研究者が書くものは、多くの方々が読む機会が少ないのが現実です。やはり、 マスメディアの活躍に期待するしかない部分が大きいのです。

 ただ、法案が現在判明している形で成立してしまうのは、良くない点があまりにも大き過ぎます。社説のローテーションなどもあるかと思いますが、 近藤さまも述べておられる通り、幅広く救済しなくてはなりません。
 論説委員会におきましても、事の重大さを鑑みられ、法案提出時や成立以前から、(毎日新聞ならびに毎日放送全体としても) 積極的にマスメディアをリードしていただきたく思います。

 今後の御活躍を期待します。



Date: Mon, 31 Dec 2007 09:51:52
Subject: Re: ありがとうございました、近藤。

北村さま

 ご丁寧な返信をいただき、感謝申し上げます。
 専門知識に裏打ちされたご意見、私自身大変刺激を受けました。
 論説会議で薬害肝炎のことがテーマになった際は、北村さんのご意見を紹介させていただき、議論の俎上に乗せたいと考えています。
 本当にありがとうございました。

             近藤憲明拝



Mon, 31 Dec 2007 13:55:38
Subject: 日本の医療に「禍根」を残さないために「迅速な貴紙の対応」を求めます(北村健太郎)

近藤さま

北村です。

 年末も押し迫ったさなか、返信いただきありがとうございます。

> 論説会議で薬害肝炎のことがテーマになった際は、北村さんのご意見を紹介
> させていただき、議論の俎上に乗せたいと考えています。

 貴社の事情もいろいろとあるかと思いますが、現在の法案骨子が人命に関わる差別的な内容であり、かつ法案成立日程も切迫している以上、至急、 1月4日に薬害C型肝炎をテーマとして論説会議を開いていただき、紙面に反映していただきたいと思います。

 また、社説以外でも、例えば「クローズアップ」などの多くの読者が読む紙面において、現法案の不備を指摘していただきますよう、強く求めます。 もちろん、他の記事を掲載しなければならないことを承知した上でのお願いです。それほどに問題は深刻だということをご理解いただきたいのです。以下、参考までに、 いくつかのウェブサイトを紹介します。

 第一に、「原因指向」と「責任指向」の弁別について。

薬害C型肝炎訴訟 〜責任に基づく損害賠償を求めるべきではない〜(山田ともみ)
http://www.news.janjan.jp/government/0712/0712217658/1.php

 医学・生物学に通暁する山田ともみ氏の記事です。山田氏の論も「責任」と「原因」を弁別せよ、という主張です。これは、先便において、 私もいくらか触れた点のひとつです。JANJAN編集部を通じ、山田氏にコンタクトを試みてはいかがでしょう。

輸血措置止血措置の遅れ
http://www.pmet.or.jp/jiko/06yuketu0001.html

 さらに、山田氏はコメント欄において上記のような判例を示し、「現時点のみ」の知識でもって、過去の医療行為の「責任」を判断することの 「危うさ」を指摘しています。こうした判例もある以上、各地裁が責任範囲を一定の範囲に定めたのは妥当だと思われます。
 また、私の知り合いにも事情に詳しい医師がおります。知人の医師が取材を受けるかどうかは分かりませんが、必要ならばご紹介しますし、連絡を試みます。

 第二に、幅広くC型肝炎で苦しむ方々を救うための主張について。

梶本洋子のつぶやき2: 薬害C型肝炎訴訟 法案概要固まる
http://kajimotoyoko.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_e543.html

 梶本氏のブログでは、近藤さまも懸念されていた「救済されない人々」の苦しみが切々と述べられています。そして、皮肉なことに「救済されない」原因として、 原告団・弁護団の運動が「少なからず影響を与えているという現実」です。とても重要な視点だと思うので、メール本文にもコピーします。

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結局この何週間は自分にとって何だったのか。
一喜一憂させられて、結果やはり私は蚊帳の外。
裁判という大きな壁が私の前に立ちはだかった。
薬害C型肝炎訴訟の原告にさえなれなかった私に、裁判で勝てるはずがないではないか。

350万人のほとんどが原告になれない現実。
『切り捨ては許しません』
そう明言した「薬害肝炎全国訴訟弁護団」は、私たちのことをどう考え、どう回答するの
だろうか。
原告になり得た者だけが彼らの『切り捨てない』対象だったのだろうか。

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 原告団・弁護団は「切り捨ては許さない」と言いながら、28日に現在の「切り捨てられる人々の多い」骨子案で「合意」しているのです。 この原告団・弁護団の「合意」とはどういう意味なのでしょうか。「結果として」原告団・弁護団が「切り捨ててしまった」ことに、 原告団・弁護団はどこまで「自覚」されているのでしょうか。「切り捨ててしまう」と分かっていたはずなのに、なぜ「合意」したのでしょうか。

まつや清の日記
薬害肝炎、与党PT−原告の枠組で全員救済に向かうのか
http://blog.goo.ne.jp/matsuya-kiyoshi/e/20008f897463df16613276bb753d07ba

 まつや氏も、与党PT−原告の合意案の不備を指摘しています。「血友病など先天性の方々の救済枠がはずされていた点」にも言及されています。

 こうした「具体的な指摘」が、近藤さまも主張される条件を緩やかにした救済認定につながっていくのではないでしょうか。 これらの法案の不備を紙面全体で「具体的に」指摘することが、近藤さまや貴紙をはじめとするマスメディアの社会的役割、社会的責任だと存じます。 マスメディアが主導し、法案の不備が世論へ広がっていくことにより、政治を動かすひとつの力になることは、近藤さまが充分ご存知だと思います。
 与党PT−原告団の合意案のまま可決成立すれば、「日本の医療全体に禍根を残す」と私の知人の医師は言っています。ただでさえ、 医療崩壊や医療クライシスと言われる中で、与党PT−原告団の合意案が通過すれば、今後に悪影響を与えるのは必定でしょう。

 ですから冒頭で、至急1月4日に薬害C型肝炎をテーマとした論説会議(あるいはそれに代わるもの)を開いていただきたい、とお願いしたわけです。 それほどにC型肝炎の問題は重大であり、切迫しているのです。
 私も原告団が救われてほしいと思っています。しかし、原告団の主張「だけ」でなく、「医療全体の広い視野」に立って、C型肝炎の問題を論じ、 記事にしていただきたいと思います。

 今後の御活躍に期待します。


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