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研究紹介

クローン


■ヒトクローン胚作り:容認採決強行 倫理問題浮き彫り−−議論深まらぬまま

 ヒトクローン胚は、自然な生殖ではあり得ない「人工的な生命の芽」だ。政府の総合科学技術会議の専門調査会がヒトクローン胚作成を容認した最大の理由は「難病 患者救済への期待」だった。賛成の10人の大半が医師や研究者、反対の5人は倫理学者や法学者が多く、先端医療がはらむ倫理的な問題を浮き彫りにした。先進諸国の 多くは、生命操作やクローン人間につながりかねないとして研究を禁じている。溝が埋まらないまま3年にわたった議論は、異例の「多数決」で唐突に幕を下ろした。

 「採決をとらせていただいて、よろしいでしょうか。賛成の委員の方、挙手をお願いします」
 クローン人間の誕生にもつながるヒトクローン胚作成の是非について、総合科学技術会議生命倫理専門調査会の薬師寺泰蔵会長は、23日の会議で強行採決に踏み切った。 15人中10人の委員の手が次々と挙がった。クローン胚作成の「原則容認」が決まった瞬間だった。
 今月は01年に施行されたクローン技術規制法の見直し期限で、同調査会は「7月に最終報告書をまとめる」という期限を設定し、ぎりぎりの調整を続けてきた。しかし、 推進派と慎重派の歩み寄りはなく、薬師寺会長は前回の会議で「採決による決定もやむを得ない」との見解を示していた。
 23日の議論も平行線をたどっていたが、開始から約40分後に薬師寺会長が「熟慮した結果」として「原則容認」の暫定方針案を各委員に配布した。突然の会長の 行動に会場は静まり返った。
 薬師寺会長は「難病患者の方たちは研究解禁を待っている。その要請に応えることが、我々の責任だ。研究開始にあたっては、さまざまな枠組み整備が必要で、研究中止 も勧告できる」と一気に説明し、各委員一人一人の意見を聞き始めた。
 クローン胚作成に反対する委員らは、「生命の安易な道具化は許されない」「動物のクローン胚研究でも、十分な知見が得られるはずだ」と食い下がり、この日の採決に 反対したが、薬師寺会長は「苦渋の決断だ」として採決を強行した。【永山悦子】

■解説
◇推進派、発言少なく
 調査会はヒトクローン胚などを巡る議論を01年から約3年かけて続けてきた。この間、クローン人間誕生の防止や卵子の調達方法などについて十分な議論をしてきた とは言い難い。そもそも調査会では、慎重な考えの委員の発言が目立ち、推進すべきだという委員が積極的に意見を述べる場面は少なかった印象が残った。
 今後、ヒトクローン胚の研究が実際に始まるためには、薬師寺会長が示したクローン人間誕生の防止策などの条件が整備されることが必要だ。これらの議論はこの調査会 が引き続き担うのか、それとも別の機関に移すのか、期限も含め具体的には全く決まっていない。
 この点について薬師寺会長は「具体的な枠組みは、行政府が担当することになるのではないか」と話し、調査会の上位にある総合科学技術会議の指示で、厚生労働、文部 科学両省を中心に条件を整備するという見通しを示した。しかしこれらの条件は、調査会の委員の間でも厳しく意見が対立したり、時間不足で議論がほとんどできなかった 点ばかりだ。調査会は7月上旬までにあと2回の審議が残されている。できるだけ深い議論を行うことが求められる。
 国民が求めるのは、少数意見の懸念に応え、なぜ容認の結論なのかを明らかにする「説明責任」を尽くすことだったはずだ。このように議論の分かれる問題を強行採決で 決めた調査会が、その役割を果たしたとはいいがたい。【江口一】

◆患者のメリット大 若山照彦・理化学研究所室長の話
 容認には賛成だ。クローン人間の誕生につながる危険な面もある。しかし、病気で臓器移植が必要な人が、自分の体細胞の核を使ってヒトクローン胚から拒絶反応のない 臓器を作ることができれば、患者のメリットは大きい。ヒトクローン胚の管理体制の確立など前提条件をつけたのにも納得できる。基礎研究の段階なので、1年や2年で 技術が大きく前進するものではなく、焦る必要はない。体制整備をしっかりやるべきだ。

◆論理性を欠く採決 ノンフィクションライターの最相葉月さんの話
 クローン羊の誕生以来、クローン人間を禁止するためクローン胚や受精胚の研究と連続性のある生殖補助医療の議論が棚上げされた。既に実施されているという生殖補助 医療研究のための受精胚作成の実態について、調査会でも疑問が呈されていたのに、そのデータは示されず、納得していない委員もいる。そういう状態での強行採決は論理 性を欠き、到底納得できない。結論が先にありきというやり方もおかしい。


◇生命倫理専門調査会委員 賛否とコメント◇

薬師寺泰蔵・総合科学技術会議議員        会長 
阿部博之・同                  ○ 会長提案は一定の見識をまとめたと評価できる
大山昌伸・同                  ○ 何度やっても議論が収れんしない。今回の案は妥当
岸本忠三・同                  欠席
黒田玲子・同                  欠席
黒川清 ・同                  ○ 厳しい限定的条件下で研究を進めるという私の考えに合致

(専門委員)
相澤慎一 ・理化学研究所グループディレクター       欠席
石井美智子・明治大法学部教授              × 科学的根拠について納得していない
位田隆一 ・京都大大学院法学研究科教授       × 科学者による科学的根拠の説明が不十分。原則ノーといわざるを得ない
香川芳子 ・女子栄養大学長                 ○ 現在の医療は試行錯誤の上で成り立つ。患者の立場で唯一すがるもの
垣添忠生 ・国立がんセンター総長             ○ 基本的に支持。多くの人が一致できる条件を示さないとモラトリアムが続く
勝木元也 ・自然科学研究機構基礎生物学研究所長 × ヒトクローン胚研究の前に動物の基礎実験を十分に尽くすべきだ
島薗 進 ・東京大大学院人文社会系研究科教授   × 生命の道具化であり、間違った医学に対する歯止めがなくなる
曽野綾子 ・作家                        欠席
高久史麿 ・自治医科大学長                ○ ゴーに向けたモラトリアム。研究を始めなければ患者に応えられない
田中成明 ・京都大副学長                   欠席
西川伸一 ・理化学研究所グループディレクター     ○ 患者の立場の議論が皆無。反対する人がどれだけ勉強しているのか
藤本征一郎・天使病院院長                 ○ 医学は人でデータを積み重ねないといけない。基礎研究を早く始めよ
町野朔   ・上智大法学部教授              ○ 会長案は基礎的な研究に限っており評価できる
南砂    ・読売新聞解説部次長             ○ 研究の可能性をまったく閉ざすのはよくない
鷲田清一  ・大阪大副学長                × 基礎研究限定といっても、それ自体、倫理の問題を含んでいる

毎日新聞 2004年6月24日 東京朝刊



■ヒトクローン胚:難病研究などに限り容認 総合科技会議

 人間の受精卵(ヒト胚)やヒトクローン胚を使う研究のあり方を検討していた政府の総合科学技術会議生命倫理専門調査会(薬師寺泰蔵会長、21人)は23日、 ヒトクローン胚作りを難病などの基礎研究に限って認めることを最終報告書に盛り込む方針を決めた。ただし、「クローン人間が生み出されることの事前防止」などの 枠組みが整備されるまでは研究を解禁しない(モラトリアム)とした。委員の間には容認に反対する意見もあったが、会長の裁量で採決を強行した。

 この日、薬師寺会長が示した暫定方針は「医学による福利を求める人々の希望に応えるため、臨床応用をしない基礎研究に限って、ヒトクローン胚の作成、利用に 道を開くことを基本的立場とせざるを得ない」とした。
 ただし、クローン人間誕生の防止措置▽ヒトクローン胚の管理体制作り▽未受精卵(卵子)の入手制限▽卵子提供女性の保護▽ヒトクローン胚を利用した再生医療 研究を進める意義についての科学的検証−−など、厳しい枠組み整備を研究開始の前提条件とした。必要な場合は研究中止を勧告できるとした。
 会長案に対して出席15人(会長除く)の委員一人一人が意見を述べた。この日の採決に反対する意見も出たが、薬師寺会長が挙手での採決を強行した。賛成10、 反対5の賛成多数で条件付き容認が決まった。
 調査会では、「難病研究に有用で、厳しい条件付きで解禁すべきだ」などの推進意見と、「現時点では臨床応用が可能かどうか不明で、倫理的な問題も解決されて いない」などの慎重論が平行線をたどっていた。
 昨年12月の中間報告で容認した研究用のヒト胚作成については、不妊治療研究に限定することが前回の会議で基本的に合意されている。
 同調査会は01年に発足し、クローン技術規制法が見直し期限とした今年6月を目指して議論を進めてきた。
 薬師寺会長は「難病に苦しむ患者に光を当てるという社会的必要性が高いと考えた。研究の必要性の科学的根拠を今後きちんと検討し、その上で研究を始めるか どうか判断するという意味だ」と話している。【江口一、永山悦子】

◇ 国民の理解を得られるかどうかは疑問=解説
 総合科学技術会議生命倫理専門調査会が、厳しい条件付きながら難病研究用のヒトクローン胚作成の容認を強行した。クローン技術規制法の見直し期限である6月 下旬を向かえ、取りまとめを急いだ感が強い。このまま国民の理解を得られるかどうかは疑問だ。
 ヒトクローン胚の作成については、再生医療の研究者から解禁を望む声が強い。クローン胚から人体のあらゆる組織に成長するES細胞(胚性幹細胞)を作れば、 拒絶反応のない臓器や組織ができる可能性がある。
 しかし、このクローン胚を子宮に入れると、クローン人間が誕生する可能性がある。韓国などの研究者が今年2月、クローン胚からES細胞をつくったと発表した 際も、世界から賛否両論の声が上がった。
 研究に欠かせない卵子の調達方法も問題だ。調査会は、手術で摘出した卵巣からの採取や未受精卵の転用などを挙げた。「提供者の新たな負担がない」ことが理由 だが、「数を集めるためなら、なりふり構わないのか」という批判が出ている。このほか、クローン胚の悪用防止策についても十分な議論はなかった。
 そもそも調査会では、慎重な考えの委員の発言が目立ち、推進すべきだという委員が積極的に意見を述べる場面は少なかった。
 国民が求めるのは、少数意見の懸念に応え、なぜ容認の結論なのかを明らかにする「説明責任」を尽くすことだったはずだ。このように議論の分かれる問題を強行 採決で決めた調査会が、その役割を果たしたとはいいがたい。【江口一、永山悦子】

■ことば ヒト胚とヒトクローン胚
 人間の受精卵が分割を始めて組織に分化するまでの時期をヒト胚と呼ぶ。あらゆる組織や臓器に分化する能力があり、再生医療研究に使われている「ヒトES細胞」 (ヒト胚性幹細胞)は、ヒト胚の内部の細胞を取り出して作る。「ヒトクローン胚」は、核を取り除いた未受精卵に体細胞の核を入れて作る。クローン胚からES細胞 を作れば、体細胞の持ち主と同じ遺伝子の臓器や組織ができると期待される。いずれも人になる可能性があり、「生命の萌芽」とされる。国はクローン人間作りを 「クローン技術規制法」で禁止し、ヒトクローン胚の作成は同法の指針で禁じている。

毎日新聞 2004年6月23日 20時59分



■ヒト胚研究 法規制せず穏やかな国の指針で 総合科技会議

 人間の受精卵(ヒト胚(はい))やヒトクローン胚を使う研究のあり方を検討している政府の総合科学技術会議生命倫理専門調査会(薬師寺泰蔵会長)の最終報告書 案全文が12日、判明した。焦点となっているヒト胚の作成と利用に対する規制は、法律ではなく国の指針(ガイドライン)を新たに整備し、実際の審査は大部分を 日本産科婦人科学会(日産婦)にゆだねることにした。報告書案は13日の会合に報告されるが、強制力のある法律で規制すべきだとの意見も多く、委員からの反発が 必至だ。
 同調査会はこれまで、不妊治療研究でのヒト胚作成を認め、6月23日の会合ではヒトクローン胚作りも難病などの基礎研究に限り容認した。薬師寺会長はこれを受け、 研究の規制の枠組みを中心に報告書案を作成した。
 ヒト胚研究の規制について、報告書案は「強制力を有する法制度として整備するのは、倫理観や生命観の押し付け的な側面があって、極めて難しい」と判断し、強制力 のない指針で十分とした。
 規制方法は「問題の性質上、専門家の知見が重要」だとして、日産婦を念頭に「生殖補助医療技術の専門家の団体が指針に基づく審査を行い、定期的に国に報告する」 と規定した。国は日産婦に属さない研究者や、日産婦が判断できない問題の審査のみに対応すべきだとし、事実上、日産婦に規制を「丸投げ」した。
 ヒトクローン胚作成は現在、クローン技術規制法に基づく指針で禁止されており、作成を認めるための指針改正を検討する。クローン胚から作ったヒト胚性幹細胞 (ES細胞)は、輸出入を認めないとしている。【江口一】

◆解説 実質審議なく結論
 総合科学技術会議生命倫理専門調査会の最終報告書案は、ヒト胚(はい)の作成や研究を法律では規制せず、強制力のない指針で対応する方針を打ち出した。しかも、 指針に基づく審査を日本産科婦人科学会(日産婦)へ丸投げしようとしている。「なぜ規制が必要か」の原点に立ち返り、法律で規制すべきだ。
 ヒト胚やヒトクローン胚を作るには、女性から未受精卵を提供してもらわなければならず、女性の肉体的、精神的な負担が避けられない。このため、「女性を保護 するための枠組み整備」「国による国内すべての研究者に対する規制」が必要という点で、調査会委員の意見は一致していた。
 こうした経緯にもかかわらず、ほとんど実質審議しないまま「法規制せず」の結論が出されたのは疑問が残る。また、日産婦の会告(学会規則)は自主規制に すぎないため、着床前診断の実施など、会員が意図的に規則違反をして社会的に物議をかもす事例が後を絶たない。「学会任せ」は適切ではない。
 市民団体「フィンレージの会」の鈴木良子さんは、ヒト胚には精子、ヒトクローン胚には体細胞の入手が必要だが、これらはまったく議論されていないと指摘、 「終了の期日を重視するあまり、議論が尽くされない不十分な報告書案になってしまった」と批判する。
 報告書は日本の生殖補助医療や再生医療の研究にとって大きな意味を持つ。調査会はそれにふさわしい、説得力のある報告書をまとめることが求められる。 【江口一】

毎日新聞 2004年7月13日 3時00分





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