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渡部 昇一
わたなべ・しょういち
英文学
元 上智大学教授
◆著書
1980「古語俗解
『神聖な義務』」『週刊文春』10月2日号 文藝春秋 → 19830625
「神聖な義務」
『古語俗解』p117-122 文藝春秋
◆訳書
Carrel, Alexis 1935
Man, the Unknown Harper and Bros Halcyon House Edition = 渡部昇一訳 1980『人間――この未知なるもの』三笠書房
p14−18
□訳者のことば
『人間――この未知なるもの』は私の恩書である
(前略)
時間を隔ててみるとますます有難く、後光が射すように感じられる師があり、また、身近においてますます重さを増してくる書物が何冊かあるものだ。
そうした書物の一冊に、
アレキシス・カレルの『人間――この未知なるもの』がある。この本との出会いがあったのは、
大学二年生の時、倫理学を担当された望月光先生のおかげである。(略)いよいよ学期末になって試験ということになったが、最後の授業時間の時に、
望月先生は
アレキシス・カレルの『人間――この未知なるもの』をあげ、「この本を読んでわかってくれればそれでよい」という、
やや唐突な感じの宣言をなさった。講義のノートは読み返さなくてもよいことになったので、さっそく神田に出かけて櫻澤如一(さくらざわ・ゆきかず)氏訳(無双原理講究所刊。
昭和十三年初版、十六年三版)のカレルの本を買ってきた。
このようなわけで、カレルとの出会いは学期末試験のノート代りということで始ったわけだが、このきっかけを作ってくださったことに対して、私は望月先生に今なお
深く感謝している。(略)この三十年間、カレルは常に私の側にあって刺激を与え続けているからである。『人間――この未知なるもの』の序文を読んだ時から、私は
カレルにとらえられてしまった。(略)
これこそ私が求めていた本ではないか、と雀躍り(こおどり)せんばかりに喜んだ。(略)ここにカレルという天才的な大医学者が現われて、人間のスケッチを大胆に
示してあげようというのだ。したがってこの本の一字一句は、さまざまな学者の一生の研究の結晶であるというのだ。そのような本を前にして胸の躍らない人はよっぽど
どうかしている。私は倫理学の試験のことなどは二の次にして、カレルに読みふけった。その本は私が今まで知らなかったこと、考えてみたこともなかったことで満ちて
いる。しかも、その一言一句はそれぞれの専門分野の学者が一生研究して到達した結論である、というカレルの言葉の重味がずっしりと胸にこたえた。
(略)いつでも側(そば)に置いてときどき開く本、つまり古人が「座右の書」と言ったものになった。
(中略)
大学にもどってきてからは、職業がら読むべき本の推薦を求められることが多い。相手が学生の場合、論文指導の場合などは別にして、一般読書のためには私はいつも
カレルやヒルティや岩下神父をすすめる。ところがこの頃は「カレルが手に入らない」と言ってくる人が多い。(略)この本こそは今の日本人のすべてが読んでよい本で
ある。このようなきっかけから、私はこの三十年座右の書の翻訳を引き受けることになった。
(後略)
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