HOME(Living Room)
研究紹介

アフリカ


■ ニュース

見えない「戦争」 ザンビアのエイズ
立岩のホームページ経由で本・CDを買ってください。

■ ホームページ


  
■ エイズ問題 アフリカのエイズ孤児1200万人
毎日新聞ニュース速報 2004-07-17-21:26

 世界中で2000万人の命を奪ったエイズ。アフリカでは昨年だけで220万人が死亡し、1210万人の子どもがエイズで親を亡くして孤児になったとされる。世界 保健機関(WHO)は「最も緊急な課題」と警告するが、日本が提唱した国際援助も始まったばかりだ。「見えない戦争」とも言われるアフリカのエイズ問題。子どもたち は、この瞬間にも命を落とし、家族を失っている。【中尾卓司】

 「元気になりたいよ」
 5歳のケルビン君はベッドに横たわり目で訴えた。ほんの一瞬、うつろだった目に力がこもった。言葉を口にしたわけでもないのに、瞳の輝きがそんなふうに 語っていた。
 30代前半の女性の感染率が約30%に達するアフリカ南部のザンビア。ケルビン君は首都ルサカのザンビア大学教育病院に6日前に入院した。15キロあった体重は 1カ月で6キロ落ち、下痢やせきは止まらない。スプーンで栄養ミルクを口に運んでもらうが、せき込んで吐き出すこともあるという。
 「この子の父親は今年3月に死んだの。理由? それは分からない」
 母親のスーザンさん(38)は心配そうにケルビン君を見つめる。記者が呼びかけても、声にはならない。斑点が浮き出る手をなで続けるとかろうじて目で応え、わずか に左手をあげた。
 医師によると、入院する乳幼児の4割は、エイズウイルス(HIV)に感染しており、ケルビン君も、その疑いで検査を受けた。だが、スーザンさんは検査結果を知ら されていなかった。
     ×
 アフリカでは性感染や母子感染でエイズが爆発的に拡大。治療が必要な400万人のうち薬の提供を受けたのは1%に過ぎない。
 これに対し、国連エイズ合同計画(UNAIDS)やWHOは、05年末に300万人の治療を目標に掲げる。一方、日本政府が提唱し、02年に設置された「世界 エイズ・結核・マラリア対策基金」は、約30億ドル(約3300億円)の支出を決め、アフリカ諸国などへの援助を始めた。
 ケルビン君に会うため数日後、再び病院を訪ねた。だが、彼はいなかった。既に短い命を閉じていた。もう少し早く治療していれば、瞳の輝きを取り戻せたかも しれない。
 薬を、命を、そして希望の光を――。祈らずにはいられなかった。

 ◆ことば=エイズ
 免疫力を低下させるHIVに感染し、発病した状態をエイズ(後天性免疫不全症候群)という。カリニ肺炎、結核などの感染症を併発することが多い。発病までの潜伏 期間には個人差があり、日本などでは薬で遅らせることができるようになった。HIVは血液や精液など体液を介して感染。性交渉による感染が最も多く、コンドームが 有効な予防法だ。子どもの場合は母子感染が大半を占める。
   ◇
 エイズや戦争などで苦しむ子どもたちを支援する「世界子ども救援金」を募集しています。郵便振替か現金書留で送金いただくか、ご持参ください。
〒530―8251
大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞希望のネットワーク「世界子ども救援金」係(郵便振替00930・8・185415)。

TOP


  
■ 毎日新聞 特集記事

◇救援金受け付け
 「海外難民救援金」を受け付けています。毎日新聞東京社会事業団「海外難民救援金」係(郵便振替00120・0・76498)へ。

見えない「戦争」 ザンビアのエイズ

7月18日 
1  15歳・130センチ・22キロ…
7月20日  2  “スティグマ”の壁
7月21日  3   路上生活の少年急増
7月22日  4  少年・少女への虐待
7月23日  5   不十分な検査や治療
7月24日  6  「拡大家族」も危機
7月25日  7  10代の感染拡大
7月26日  8  国境で男を待つ女
7月27日  9  感染予防、啓発の演劇
7月28日  10 正しい知識とケア受け

   
1 15歳・130センチ・22キロ…幼いころ両親を失う
 ◇神さま、助けて−−「回復し、医者になりたい」

 「おなかが痛いの」。15歳の少女、ラエマさんは消え入りそうな声で言った。学校の石段に腰掛け、校庭を遊び回る友だちをじっと見つめた。時折、せき込む。 腕は頼りないくらい細い。身長約130センチ、体重22キロ。15歳には見えない。
 アフリカ南部・ザンビアの首都ルサカのチャインダ地区で、非政府組織(NGO)「ヤシェニの家」が02年3月に始めたコミュニティースクール。「ヤシェニ」は 現地の言葉で「光」。エイズなどで親を失った貧しい子どもを受け入れ、小学5年までの564人が学ぶ。
 ラエマさんは、家までわずか数百メートルの距離も石壁に左手を添えて、ゆっくりと歩く。家は土のブロックを重ねた簡単なつくりで一部屋だけ。窓も電気も、水道も ない。ここで祖母アリデスさんと暮らす。記者はアリデスさんやラエマさんの了解を得て、話を聞き、写真を撮影した。
 アリデスさんらによると、ラエマさんの幼いころ両親が相次いで亡くなった。10歳を過ぎて成長が止まり、結核に3回かかった。一昨年開設されたヤシェニに 通い始めたが、体調を崩し検査でエイズウイルス(HIV)の感染が分かった。
 投薬治療を始めたのは今年5月。薬の副作用のためか、体重が3キロ減った。2週間ごとの検査は、朝6時に起きてザンビア大学教育病院で受ける。食事代、検査費は 大きな負担だが、ヤシェニなどからの支援だけに頼る。アリデスさんは「もっと食べて、健康になってほしい」と願う。
 具合が悪いラエマさんは夜中に目を覚ますたび、アリデスさんと祈りをささげる。「神さま、助けて。お母さん、私のことを見守って」
 そんなラエマさんには夢がある。「よくなって医者になりたい」。その前向きさは、生への強い決意を感じさせる。だが、この国の現実は違う。ヤシェニを運営する エベリン・ムウェンソさん(35)は言う。
 「ほかにもHIV陽性が疑われる子はいる。でも検査を受ける余裕はない。感染だけでも分かれば、適切な治療を受けさせられるのに」
 エイズに対する知識や医療体制、薬の供給が追いつかないザンビアの現実。しわ寄せは弱い子どもたちに集中する。何も知らず命を落とす子ども、エイズで親を 失った孤児たちの路上生活、引き取り先での虐待……。「見えない戦争」は、子どもたちにとって、あまりにも過酷だった。【中尾卓司】=つづく

 ◇エイズ
 免疫力を低下させるHIVに感染し、発病した状態をエイズ(後天性免疫不全症候群)という。カリニ肺炎、結核などの感染症を併発することが多い。発病までの 潜伏期間には個人差があり、日本などでは薬で遅らせることができるようになった。HIVは血液や精液など体液を介して感染。性交渉による感染が最も多く、 コンドームが有効な予防法だ。子どもの場合は母子感染が大半を占める。

家に帰る道。ラエマさんは壁にもたれ、ゆっくり、ゆっくりと歩いた=ザンビア・ルサカで6月16日、梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月18日 東京朝刊


   
2 “スティグマ”の壁
 ◇「告白なんてできない」

 大勢の子どもの中で、3人は一緒に戯れていた。記者が子どもたちの撮影を始めると、デジタルカメラの画面をのぞきこみ「わあ、写っているよ」。仲良しの3人だが、 それ以外の子どもたちとは距離を置き、暗い表情を浮かべる瞬間があった。
 ザンビアでは昨年、9万人がエイズで死んだとされる。しかし、だれも「エイズだった」と言わない。エイズに対するスティグマ(偏見)と差別が大きな問題だから だ。
 ケリー君(11)は両親が病気で亡くなり、2年前に祖母に引き取られた。祖母は病気を繰り返すケリー君を心配した。2年前、大学病院で検査を受け、エイズ ウイルス(HIV)陽性と判明。ケリー君に治療を受けさせたいと思うが、治療薬にお金がかかり、仕事のない祖母には負担が大きすぎる。
 もう一人のボプシー君(10)は4年前に母親が死んだ。父親のことは写真でしか知らない。いろいろ聞かれるのがいやだったのか、黙りこんだ。
 一緒にいた親類の女性(48)が話し始めた。「私もHIVポジティブ(陽性)よ」。女性は何度も、HIV感染を周囲に打ち明けようと思ったという。だが周囲の 無理解に、どうしても踏み切れなかった。自分の子どもにも「仲間外れにされる」と反対された。
      ×
 記者がこの女性に出会ったのは、エイズで親を失った孤児たちの就学支援を始めた日本のNGO(非政府組織)「難民を助ける会」の紹介だった。同会の四宮都也子 さん(29)も、スティグマの壁を嘆く。エイズや治療薬の正しい知識の普及を阻むからだ。
 同会のカウンセリング研修に参加する、この女性はとても前向きだが、治療薬についての誤った知識も口にした。まして周囲の目を気にする人たちは「死の病」と 決めつけ、検査すら避ける。それがエイズ拡大に拍車をかける。【中尾卓司】=つづく

 ◇スティグマ
 ギリシャで奴隷や犯罪人に押されたらく印。エイズへの無理解や偏見を指して「スティグマ」と表現される。

元気に振る舞うボプシー君にも、友達から距離を置く瞬間があった=ルサカで、梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月20日 東京朝刊


   
3 路上生活の少年急増
 ◇家族崩壊「後戻りイヤ」

 10代の少年約20人が段ボール箱を燃やした火を囲む。海抜1200メートルの高地にあるザンビア・ルサカで最も寒い6月のある夜、気温は5度まで下がった。 少年たちは道路下の排水管を寝床にしていた。新入りのマスーレ君(14)は火にも近づけず、「何も食べるものがない」と、両腕を抱えて震えていた。
 「あんな生活には、絶対戻らないよ」。路上生活を思い出し、コシヤ君(13)とケルビン君(13)は、こう言い切った。2人は路上で知り合い、今は施設で 暮らす。
 コシヤ君は、幼い時に母親を亡くし、継母にいじめられた。継母の気を引くため、物ごいしたお金でパンを買った。でも、居づらくなり家を飛び出した。約1年間、 橋の下で暮らした。お金がない時は、ごみ箱の食べ物をあさる。「神さま、ばい菌をなくして」と祈りながら。
 ケルビン君はザンビア北部出身。病名は分からないが、99年に両親が相次いで亡くなり、妹とおばに引き取られた。おばは4年前、ケルビン君にわずかなお金を 握らせて線路わきで「待ちなさい」と言いつけた。それきり戻ってこなかった。
 「捨てられた」と思ったケルビン君は当てもないまま、列車に飛び乗った。着いた場所が、ルサカとは知らなかった。  2人は、ストリートチルドレンの少年を集めた教会系の施設「ラザルス・プロジェクト」で暮らす。コシヤ君とケルビン君は「ここにいたら、勉強ができるんだ」と 目を輝かせた。
 ルサカではここ数年、急速にストリートチルドレンが増えている。理由はエイズだ。親や家族を亡くし、生活の場を失った子どもたちが路上に向かう。でも施設に 入る子どもは限られ、エイズウイルス検査を受けることもほとんどない。【中尾卓司】=つづく

 ◇エイズ孤児
 ユニセフ(国連児童基金)などによると、サハラ砂漠以南のアフリカで、エイズで親を失い孤児となった子どもの人数は1210万人(推計)。このうち、ザンビア では63万人(同)とされる。しかし、死因を「エイズ」と説明されることは少ない。このため、エイズと孤児急増の因果関係が、必ずしも社会の共通認識となって いない。それが対策の遅れを招く要因の一つと言える。

段ボールを燃やし、寒さをしのぐストリートチルドレン=ルサカで梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月21日 東京朝刊


   
4 少年・少女への虐待
 ◇孤児増加と軌を一に

 スカーフを巻いたカレンさん(13)は友達の髪を編んでいた。年ごろの少女らしく髪形には気を使う。ザンビア・ルサカの施設「アングリカン子ども プロジェクト」。虐待や路上生活で苦しみを味わった少女15人と少年28人が暮らす。エイズで親を失った孤児も少なくない。
 カレンさんは昨年12月、隣国・コンゴ民主共和国から、祖母に連れられておばの家にやって来た。祖母はコンゴに帰り、残されたカレンさんはメード代わりに 使われた。やがて、おばが暴力を振るい始めた。靴や木の棒で、あざができるほど殴られ、目から血を流した。友達が警察に通報し、カレンさんは保護された。
      ×
 「一人じゃない。ここに来て初めて分かったの」。ミミさん(21)はつらい過去を語り始めた。
 ミミさんの父親は軍人だった。両親は94年に離婚。母が家を出ると、父子2人だけになった。ミミさんは当時10歳。結婚生活の破たんで自暴自棄になった父は ミミさんを犯した。
 「誰にも言うな」「殺してやる」。言葉の暴力もミミさんを襲った。人間を信じることができず、精神的なショックで友達と話すことさえできなくなった。おばに 相談したが、父親の性的な虐待は止まらず、逆に孤立感が深まった。
 ミミさんは警察に駆け込み、97年に施設に引き取られた。しかし、気持ちの整理をつけるのに4年間もかかったという。
      ×
 ザンビアでは、エイズで親を失った孤児が63万人いると言われる。孤児が増えるにつれ虐待も急増。「処女と性的関係を持つとエイズは治る」といった迷信に 惑わされた男に、幼い少女が犯される悲劇も起きた。
 カレンさんとミミさんは、虐待の直接の原因がエイズだったわけではない。しかし、エイズで親を失った友達や小さい子どもたちの苦しみは自分の経験に重なる。 「同じことを繰り返さないで」。そんな思いで経験を語ってくれたに違いない。【中尾卓司】=つづく

 ◇虐待とエイズ
 ユニセフ(国連児童基金)によると、貧困、教育の欠如、エイズのまん延が複合して、虐待の増加を招くという。アフリカでは、貧困で学校に通えない子どもが 増加すると、一般にリスクの高い行動をとる。するとHIV感染が増え、エイズによる死者も増加し、孤児や拡大家族が急増。さらに貧困世帯を増やす。こうした 悪循環で、児童労働や子どもの虐待が増加するという。

時に目を伏せ言葉をつまらせたカレンさん=ルサカで梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月22日 東京朝刊


   
5 不十分な検査や治療
 ◇頼みの綱は「善意」だけ

 アフリカではエイズのまん延で、家族の崩壊が進む。親を失い親せきに引き取られるケース、路上生活する子ども、さらには子どもだけで暮らす世帯さえ珍しく なくなった。社会構造を揺るがす事態に陥っている。
 ザンビア・ルサカの近郊に、土を固めたブロックの家が続く。エイズウイルス(HIV)に感染している18歳のリジーさんは、弟や妹3人と小さな家に身を 寄せ合って生活する。父親は幼い時に亡くなり、母親も昨年結核で死亡。リジーさんが母親代わりとして一家を切り盛りする。記者はリジーさんの了解を得て話を 聞いた。
 「血のにおいがするぐらい、つらい」。母親が亡くなってから親せきも寄りつかない。みずからの体調も追い打ちを掛ける。へこたれそうになる毎日だが、弟や 妹の存在を支えに、近所の洗濯を引き受け、わずかな現金収入を得る。
 弟のジョージ君(10)、チャールズ君(9)、妹のベティーさん(7)は近くの小学校に通う。ジョージ君らは「学校に行けるのは、ねえさんのおかげだよ」と 明るく答えた。
 体調の悪かったリジーさんは、毎日訪ねて来るNGOのバニス・テンボさん(48)の勧めで検査を受けHIV陽性と判明。6月から抗レトロウイルス薬(ARV) 治療を受け始めた。ARVは一生飲み続け、定期的に検査を受ける必要がある。だが、診療所は遠く、ARVや検査の費用に制度的な保証もない。支援者の善意に 頼るしかない。
 ユニセフ(国連児童基金)ザンビア事務所の西本伴子副代表は、日本を含めた国際社会の理解と支援の必要性を訴える。
 「識字率や就学率の向上など、20年も30年もかけて援助した努力が、エイズで一気に水の泡となりかねない。決して遠い国の話ではない」【中尾卓司】=つづく

 ◇ARV
 エイズウイルスの増殖を抑える治療薬だが、ウイルスを死滅させる薬ではない。3種の錠剤を同時に服用することから「カクテル療法」とも呼ばれる。一生 飲み続けなければならないが、日本や欧米などではARVで死亡する患者が著しく減少した。体調が良くなり完治したと錯覚しがちだが、服用を中断すると薬への 耐性ができ、服用を再開した時に効き目がなくなる恐れがある。

3人の弟、妹を育てるリジーさん(右から2人目)=ザンビア・ルサカで、梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月23日 東京朝刊


   
6 「拡大家族」も危機
 ◇検査受ける雰囲気なく

 ヒヨコが歩き回り、ヤギの鳴き声が青空に響く。かやぶき屋根の建物が5棟。ここはザンビア中部にある、のどかな農村・マララ村。引き取った孫やひ孫を前に、 レジナ・ムーンバさん(74)は「この子たちに精いっぱいのことをしてやりたい。でも、なすすべがない……」とつぶやいた。
 レジナさんには7人の子どもがいた。長女は死んだ。妹たちの夫も、マラリアや結核で相次いで亡くなった。同居する2人の娘も病弱だ。病気で親を失った 子どもたちを引き取り、レジナさんのもとには、孫やひ孫が17人になった。子どもが多過ぎて栄養のある食事を与えることは出来ないという。
 病気で両親を失ったひ孫のハリソン君(12)は「医者になりたい」と打ち明けた。こんな夢を抱くのは、親せきが次々に亡くなる病気の原因を知りたいから なのかもしれない。
 社会を揺るがす問題になっているエイズウイルス(HIV)感染。ザンビアには170カ所を超えるVCT(自発的なカウンセリングとHIV検査)センターが 開設されたが、今のところ“感染爆発”がとどまる気配はない。レジナさんに、親せきでHIV検査を受けた人がいるか問うと「だれもいない」。エイズの知識も 理解も行き渡らず、検査を受ける雰囲気さえない。これがエイズ問題の根深さだ。レジナさん一家のような「拡大家族」の伝統は生きているが、エイズで死ぬ働き手 世代が多く、その形態も限界に達する状況だ。
 「大家族の役割が果たせなくなった場合、地域社会が子どもたちを守っていけるのか」。こう語るのは、教会系NGO「サルベーション・アーミー(救世軍)」の ベニー・ンジョブさん(37)。しかし危機的な状況は、地域コミュニティーにとどまらない。難民社会や学校にも及ぶ。【中尾卓司】=つづく

 ◇VCT
 ボランタリー・カウンセリング・アンド・テスティングの略。HIV感染の有無を知ることが対策の第一歩となるため、自らの意思で検査できる施設が診療所などに 設置されている。簡易検査キットの開発で、結果は15分程度で分かる。しかし、HIV検査は心理的負担が大きいため、カウンセラーの適切な助言を受けられるよう、 カウンセリングと検査が対となっている。

たくさんの孫やひ孫を前に、現状を語るレジナさん(右から4人目)は疲れた表情を見せた=ザンビア・マララ村で、梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月24日 東京朝刊


   
7 10代の感染拡大
 ◇学校守り正しい知識を

 「高校で『コンドームを使え』って教えるのは、どう考えればいいの」。生徒たちは疑問を次々と投げかけた。ザンビア北西部のメヘバ難民キャンプにあるメヘバ 高校の「アンチ・エイズ・クラブ」の集まり。エイズウイルス(HIV)感染の問題は、外部との行き来が比較的少ないとされた難民社会にも影を落とす。
 参加した17歳から20歳の女子生徒9人は、いずれもアンゴラやコンゴ民主共和国からの難民女性だ。出産経験を持つ若い母親でもある。子どもを家族に預け、 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)やNGOの支援を受けて高校に戻った。
 アンゴラ難民のサモサさん(17)が妊娠したのは15歳。相手は学校の教師だった。「教科書をやるから」と迫られ、断り切れなかった。
 元来、性におおらかなザンビアや周辺国。女性が断ったり、コンドームを求めることはほとんどない。性教育を徹底させなければ、HIVに無防備になり、ひいては 10代の感染拡大につながる。裏付けるデータがある。HIVの感染率が10代後半から急激に高くなっているのだ。
 性やHIVの知識がなかったサモサさん。しかし、出産は後悔していない。「この子のため今はしっかり勉強したい」。長女プリティーちゃん(2)に会うのは 週末だけにし、故郷・アンゴラへの帰還も我慢して高校を卒業したいという。
 ザンビアでは教員が次々死亡し教職員が足りなくなった学校もあると言われる。エイズまん延の悪循環を断ち切るため、子どもたちに正しい知識を教える学校を 守らなければならない。
 エイズが広がった理由の一つとされる売春。記者はそこで働く女性と啓発活動を取材するため、国境の「夜の街」に向かった。【中尾卓司】=つづく

 ◇アンチ・エイズ・クラブ
 若い世代のHIV感染防止が緊急課題となっており、ザンビアなどでは、クラブ活動としてエイズ問題に取り組む学校が増えている。エイズに対する正しい知識の 普及と予防への意識を高める狙い。HIVやエイズの概念や感染経路、予防法などを身に着けるだけでなく、偏見をなくす人権教育の役割も期待されている。年齢に 合わせた取り組みが行われている。

2年前プリティーちゃん(右)を出産し、去っていた高校に戻った今、サモサさんは学ぶ喜びを感じている=ザンビア・メヘバで梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月25日 東京朝刊


   
8 国境で男を待つ女
 ◇生活かけ危険な売春へ

 ジンバブエとザンビア国境を流れるザンベジ川に2本の橋が架かる。鉄鋼など工業製品を満載した大型トレーラーが橋上を行き来する。ザンビアの首都ルサカから 南東約100キロの国境の町チルンド。税関を通過するため数百台の大型トラックが辺り一帯を占拠していた。
 長距離トラックの運転手や出稼ぎ労働者……。エイズウイルス(HIV)感染の広がりは、こうした人々の移動と無関係ではない。仕事のため長い道のりを移動する 男。彼らを待ち受ける女。「一緒に踊ろうよ」。酔った男がビール瓶を片手に女性に迫る。しばらくすると、2人そろって店を出ていく。この国では、管理売春以外は 罪に問われない。酒場には10代の女性も数多くいた。
 クリスティンさん(19)もその一人だ。頼る家族がなく、4年前にチルンドに来た。1部屋だけの小さな借家で、長男ジョニーちゃん(5)、長女ブレタちゃん(4) と親子3人で暮らす。
 短時間で2万クワチャ(約400円)、泊まりだと5万クワチャ(約1000円)。稼ぎがなければ、主食シマの材料(1袋3万クワチャ、一家の1カ月分)を 買えない。子どもが寝入った家に男を招き入れることもある。
 この町で売春する女性は数百人。女性にエイズの正しい知識を持ってもらうため、地元NGOのプロジェクト「コリドー・オブ・ホープ(希望の回廊)」が支援に 乗り出した。
 「女性の身を守り、エイズを広げないため、対策が絶対に必要なんだ」。同プロジェクトのスタッフ、ディクソン・ンコムブラさん(45)は語気を強めた。
 NGOの活動でエイズへの理解は少しずつ進むが、その裏で、より多くの収入を得るためコンドームを使わない女性や、感染して知らぬ間に町を離れる女性も後を 絶たない。【中尾卓司】=つづく

 ◇ザンビアの貧困
 国際協力機構(JICA)などによると、ザンビアでは、1日1ドルで生活する貧困ライン以下の人口は7割を超える。貧困はザンビア国民の大半が直面する 深刻な問題だ。64年の独立以来、銅生産が好調だったが、銅の国際価格下落をきっかけに、ザンビア経済は低迷している。また、5歳未満の死亡率は、1000人 当たり192人。子どもの健康事情も深刻だ。

列をなすトラックの前に立つ女性。その姿がヘッドライトに照らされた=ザンビア・チルンドで、梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月26日 東京朝刊


   
9 感染予防、啓発の演劇
 ◇情報得られぬ子のため

 「ミスター・エイズ、お前は世界の破壊者だ」
 「いや違う。ポスターや広告に見向きもしないお前らが悪いんだ!」
 短パン1枚で全身に泥を塗りつけた“ミスター・エイズ”が、注意を払わない若者たちに大声で言い返した。エイズをテーマにした演劇形式のパフォーマンス。 記者は、ザンビアの首都ルサカで、若者のエイズウイルス(HIV)感染の予防啓発を進めるグループに出会った。
 監督のマーク・チロングさん(25)は、ピア・エデュケーション(同世代による教育)の担い手。エイズの呪縛を若い世代によって振りほどこうというメッセージを、 このパフォーマンスに込めたという。マークさんら4人は4年前、ルサカの貧しい人々が住むムテンデレ地区に「バウズHIVエイズ・コミュニティー青年センター」を 開いた。バウズは、現地語で「伝えよう」の意。賛同する若者らが、センターでパフォーマンスを披露する。
 運営を手伝うローレンス君(18)は、5人兄弟の長男で、6年前に父親を病気で失った。メードとして働く母親の月収はわずか11万クワチャ(約2200円)。 路地でポップコーンを売って家計を支えたこともあった。「芝居に打ち込むと、いやなこと忘れられるんだ」。ローレンス君が伏し目がちにつぶやいた。
 貧しい地区の子どもを取り巻く環境は厳しく、センターに集まってくるのも大半は孤児だ。中には、HIV感染が疑われる子どももいる。だが学校に行けない 子どもたちには、エイズの知識がまったくなく、情報から閉ざされているのが実態だ。
 このためセンターの活動も、エイズ対策が中心になった。マークさんは、もう一度強調した。
 「“ミスター・エイズ”を追い払うため、私たち若い世代が社会を変えるんだ」【中尾卓司】=つづく

 ◇ピア・エデュケーション
 同じ世代による教育・啓発を意味し、若者の行動変化を促す点で、エイズ対策の効果的な方法として注目されている。HIV感染を避けるための情報を必要とする 子どもや若い世代にとって、仲間の言葉なら抵抗なく受け入れられる。また、影響力も大きい。このため、関心を持たない若者に対しても、知識、態度、行動を 変えられるものと期待されている。

ミスター・エイズ(左)が患者に拳を振り上げる。若者たちのメッセージがこもった演劇は熱かった=ザンビア・ルサカで梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月27日 東京朝刊


   
10 正しい知識とケア受け
 ◇ポジティブに生きる

 「ポジティブ(陽性)を隠すことはしないし、ポジティブ(前向き)に生き続けたいの」
 生後11カ月のわが子を抱き上げたルースさん(24)は、自分に言い聞かせるように言った。自らの経験を語る活動に取り組む彼女。幸せを意味するチョルウェと 名付けた男の子へのまなざしは、幸福感と慈しみにあふれていた。
 エイズウイルス(HIV)感染が分かったのは、妊娠8カ月の検診だった。告知されてショックと死の恐怖に襲われた。だが、正しい知識を得てHIVを理解した。 発病を遅らせる治療薬「抗レトロウイルス薬(ARV)」の存在も大きかった。赤ちゃんへの感染を防ぐため、母子感染防止プログラムに沿い食事指導や心のケアなどを 受けた。出産3日前からはARV治療も始めた。強い副作用で、くじけそうになったが無事に出産。半年後には、体調は大幅に改善。夫(37)も感染者だが、 チョルウェちゃんは今のところ感染していない。
 「この子にはずっと健康でいてほしい。私たちも薬のおかげで、こんなに元気に暮らせる」と目を細めるルースさん。
      ×
 日本では、これまでに報告されたHIV感染者・エイズ患者が、薬害被害者を含めて1万人を超えた。だがアフリカでは、昨年だけで220万人もの人々がエイズで 命を落とした。これは、第二次世界大戦の日本の死者数よりも多い。薬などの支援は始まったが、まだまだ行き届かず、検査・医療体制や教育環境も整っていない。
      ×
 ルースさんらは、ビーズをつなげた「レッドリボン」のバッジを手作りし、エイズへの理解と支援を訴える。レッドリボンには「つながり」という願いも込めている。 【中尾卓司】=おわり

 ◇母子感染防止
 幼児が母親からHIV感染する母子感染は主に、子宮内の感染、分べん時の感染、母乳からの感染−−の3通りある。抵抗力の弱い幼児はエイズ発症も早く重症に なりやすい。ARVなど薬による予防、安全な出産、適切な授乳などの対策を取れば、かなり防止できるとされる。しかし、母子感染の危険性を知らない母親は多い。

すやすや眠るわが子チョルウェちゃんにほおを寄せるルースさん=ザンビア・ルサカで梅村直承写す

毎日新聞 2004年7月28日 東京朝刊

TOP


  
■ ホームページ

アジア経済研究所 アフリカ
アジア経済研究所ウェブサイト内にあるアフリカのページ

AFRICA RIKAI PROJECT(総合学習・国際理解・国際協力)
2月の学習会の報告 「アフリカのエイズの状況とその対策」

ザンビア理数科教師会議 AMAKASA(あまかさ)

JICA 国際協力機構
2001年11月号 特集 エイズと向かい合う人々 つらい現実を生きる

熊本大学エイズ学研究センター
佐藤愛美さんのページ

東京都国際交流委員会
講演会 ドクター堤のアフリカ体験記−感染症と取り組む30年の歩みから−

もっとアフリカ
斉藤龍一郎さんが編集しているページ

TOP


血友病  ◇研究紹介  ◇年表  ◇50音順索引  ◇人名索引  ◇リンク  ◇掲示板

HOME(Living Room)