HOME(Living Room)
>Kitamura

プロジェクトスタディ
関連レビュー・関連ニュース
プロジェクトスタディ


日経ビジネスオンライン:毎日1冊!日刊新書レビュー
経済って成長し続けなきゃいけないの?〜 平川克美『経済成長という病』 評者:澁川祐子
本 経済成長 GDP 不況

2009年5月22日(金)
評者:澁川 祐子

経済って成長し続けなきゃいけないの?
平川克美 『経済成長という病』 講談社現代新書、740円(税別)

1/2ページ
 先日テレビを観ていたら、35歳の団塊ジュニアを中心に積極的雇用政策を行った場合、20年後の経済成長(実質GDP)は現在と比べ5.7%増という試算がなされていた (5/6放送NHKスペシャル「“35歳”を救え〜あすの日本 未来からの提言」)。年に換算すると、0.3%程度の伸び率。かなり控えめな数字ではあると思うのだが、 それでも正直「絵に描いた餅」にしか思えなかった。
 もちろん若年層に向けて雇用政策を打つことに異論はないし、それによってこの不況を脱することができれば万々歳ではある。
 だが「救う」対象にぴったりハマっている今年35歳の私は、どんなに強力なカンフル剤があろうとも今後20年にわたって「プラス成長を支えていく」未来図は 描けなかった。バブルで「オイシイ」思いをしたこともなく、働き盛りの今「100年に一度の不況」に直面しているこの世代の一人としては、悲しいかな、経済成長が 永遠に続くと信じられるほど無邪気ではなくなってしまっている。
 同じ頃、「そもそも経済は成長し続けなければならないものか?」と問う本書を読んだ。これまで『株式会社という病』や『ビジネスに戦略なんていらない』などの 著作で、効率化や合理主義といった言葉に冷ややかな態度を取り続けてきた、ビジネス界の「考える人」が今度は「経済成長=進歩」という通念に斬り込んでみせる。

マイナス成長は自然の成り行き
 著者は「経済成長」を実質GDPの増加と定義したうえで、

〈文明化が一定の水準に達し、消費者の手元に必需品としての生産物がいき届いた時点で、需要は原則としては買い替えのための消費だけになるので、 経済は成長をすることを止めて均衡へと向かう〉

 と語る。さらに、その段階で人口が減少すれば総需要はさらに減少し、経済成長がマイナスに転じることも自然の成り行きだと説く。
 つまり、経済成長の鈍化、減少は〈社会が成長し、成熟し、やがて老化してゆくプロセスの中で露呈してくる社会現象の断面〉に過ぎないのだ、と。
 にもかかわらず、実際には、我々は過剰な消費を繰り返し、「金が金を生む」金融テクニックを駆使しながら、無理に経済を成長させようとしてきた。その帰結が 世界的な金融危機であったと指摘する。
 著者は、〈つい昨日までグローバル競争を勝ち抜くためにとか、レバレッジ投資戦略とかいうタイトルの本が並んでいた同じ場所に、正反対の論調の図書が並んでいる〉 光景を目にして、〈国際競争の勝利とか経済成長による繁栄とはかくも脆弱で、その間に跋扈した言葉もまた、なんと薄っぺらいものであったのか〉と洩らす。
 とはいえ、本書は「誰が」経済成長という病をはびこらせたのか、という犯人探しをするものではない。一貫しているのは、自身も含めこの時代に生きるすべての人が 経済成長という病に取り憑かれ、経済至上主義の片棒を担いだ加担者であったのではないか、という視点だ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090521/195398/

2/2ページ
 たとえば、2007年の建築偽装の問題。メディアはこぞって、経営者や建築士の倫理観の欠如を言い立てた。だが著者は、法を犯した経営者と我々の倫理観にどれほどの 隔たりがあったのだろうかと問う。
 許容基準ぎりぎりのところまで補強材を減らして利益を最大化した経営者は世間から賞賛されるが、同じようにコストダウンを目指して法律を破った者は糾弾される。 だとすれば、〈「法」の境界をめぐって、前者は「うまく」やり、後者は「下手」をしてしくじったというだけではないのか〉と手厳しい。
 同様に、グローバリズム、雇用問題、秋葉原の殺人事件といったさまざまな昨今の事象を注意深く辿り、経済成長至上主義が我々にどのような心理的影響を与えたかを 模索する。
 病に対する決定的な処方箋は、最後まで提示されない。ただ著者は考え、逡巡する。その姿を提示してみせることで、読者に立ち止まることを促し、これからは一人 ひとりが地に足のついた未来図を描こうよ、と呼びかけて本書は終わる。

「自然な流れ」と割り切れないもどかしさ
 確かにこの数年間、GDPの伸びた分だけ我々の社会全体が幸せになったかといえば、甚だ疑問だ。「勝ち組」「負け組」という言葉が流行り、多くが「勝ち」を目指して 争った結果、この不況でほぼ全員が「負け」にまわってしまった感もある。効率主義と合理主義に支配された社会の居心地の悪さは、ひしひしと感じている。
 だが、とも思う。経済成長の伸びは以前ほど期待できないとわかってはいても、はたして現実に「経済のマイナスは、社会の成長ゆえの自然な流れ」とまであっさり 割り切れるものだろうか。
 人は希望がないと、上を向いて歩いていくことができない。そして、たいていの人が今年は去年よりちょっといい暮らしをしたい、とささやかな望みを持っている。
 もちろん著者は欲望を持つこと自体を否定はしていない。ただし、欲望はあくまで「控えめ」に持つべきだと語る。とはいうものの「控えめ」によりよい暮らしを 求めることと、もっとお金を儲けたいという欲望に駆られることの線引きはいったいどこにあるのだろうか。さらにマイナス成長を受け入れたとて、生活の縮小を余儀 なくされるのは、結局のところ末端の者からなのではないか。そうしていま以上に格差が広がっていくならば、人は希望の置き場所をどこに据えたらいいのだろうか。
 本書を読み終えて2週間。経済成長神話を信じ続けることもできず、かといって葬り去るこもできない。いまだに頭のなかは整理されていない。
 考え込んでいるうちに、今年1〜3月期の実質GDPがマイナス4.0%、年率換算15.2%の戦後最悪を記録、というニュースが飛び込んできた。現実は思考をはるかに上回る スピードで変化している。現実にひきずられる形で、我々が経済成長神話を手放さざるを得ない日も案外近いのかもしれない。
(文/澁川 祐子、企画・編集/須藤 輝&連結社)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090521/195398/?P=2

TOP



日経ビジネスオンライン:ニュースを斬る
外国人労働者 介護 看護 インドネシア 厚労省 フィリピン

2009年5月29日(金)
出井 康博

どこへ行く、外国人介護士・看護師−上
ホステス代わりにされたフィリピン人介護士
1/3ページ
 約1年前の2008年5月22日、東京・築地の国立がんセンターに介護施設の関係者が押し寄せていた。同年8月上旬に迫ったインドネシア人介護士などの受け入れを前に、 厚生労働省傘下の社団法人「国際厚生事業団」(JICWELS)の主催で説明会が開かれたのだ。
 5月ながら気温30度という暑さの中、会場には定員を超える300人以上が集まり、立ち見が出るほどの盛況だった。介護現場では人手不足が深刻化していた。 そこに政府が外国人介護士などの受け入れを決めたことで、彼らに“救世主”を期待する声が高まった。
 あれから1年――。関係者の熱気はすっかり冷めてしまっている。

現場は人手不足、でも外国人介護士は嫌われる
 インドネシアからの介護士などの受け入れは、日本が同国と結んだ経済連携協定(EPA)に基づくものだ。当初の2年間で600人の介護士に加え、 400人の看護師の受け入れが決まっていた。
 その第1陣として、昨年8月、介護士300人と看護師200人が来日する予定だった。しかし、日本の施設や病院に受け入れられた介護士と看護師の人数は、 いずれも定数を下回り、介護士に至ってはわずか104人に留まった。介護施設が受け入れに二の足を踏んだのが原因だ。
 日本はフィリピン政府との間でも、EPAの枠組みでインドネシア人と同数のフィリピン人介護士と看護師を受け入れることで合意している。
 今年5月10日には、インドネシアから9カ月遅れてフィリピン人の受け入れが始まったが、その数は介護士が188人、看護師が92人。インドネシア人と同様に、 定数を大きく割り込んだ。
 その原因は、外国人介護士・看護師を受け入れたいと手を挙げる日本の施設が昨年同様に、少ないからだ。このままでは、両国と取り決めた2年間での受け入れ数が 達成できそうにない状況だ。
 昨年秋から急速に進んだ不況によって失業者が急増した。それでも介護現場の人手不足は解消していない。有効求人倍率は今年3月時点で0.52倍まで落ち込む中、 介護関連職に限っては1.73倍に達している。
 日本人の働き手がいないのだから、外国人に頼ろうとする施設がもっとあっても不思議ではない。にもかかわらず、なぜ外国人介護士は嫌われたのか。

行政が作る障壁
 外国人介護士の受け入れが、官僚機構の利権になっていることは、本コラムの1月29日付の記事で書いた。斡旋を独占するJICWELSは、手数料や管理費など外国人1人に つき約16万円の収入を得る。半年間の日本語研修を担うのは、経済産業省や外務省の関連機関だ。いずれも官僚の天下り先になっている機関である。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090526/195767/

2/3ページ
 受け入れには初年度だけで20億円近い税金が使われる。もちろん、税金が天下り先に流れようとも、受け入れが現場にとって有益ならば問題はない。だが、 施設側にとってのメリットはあまりに乏しい。
 施設が負担する費用は1人の受け入れにつき、JICWELSへ支払う手数料や日本語研修費で60万円近くに上る。しかも半年ほどの日本語を勉強するだけでは、 現場の即戦力にはならない。それでも給与は日本人と同等に支払う必要がある。
 また、外国人介護士は日本で仕事を始めてから3年後、介護福祉士の国家試験を日本語で受け、一発で合格しなければ母国へと戻されてしまう。介護福祉士の試験は、 日本人でも2人に1人が不合格になる難関だ。外国人が仕事の合間に勉強して合格できるようなものではない。
 受け入れ施設としては、せっかく一人前に育てた人材を短期間で失ってしまう。これでは施設のみならず、外国人介護士からサービスを受ける利用者のためにも ならない。
 それにしても、なぜこの時期に「外国人介護士」の受け入れだったのか。

小泉チルドレンの介護士たち
 EPAで来日する外国人介護士たちは“小泉チルドレン”と呼べる存在だ。
 彼らの受け入れは、自民党が「郵政選挙」で大勝した翌年の2006年秋、小泉純一郎首相(当時)とアロヨ・フィリピン大統領がEPAに合意し決まった。そして翌2007年、 安倍晋三政権(当時)の下、インドネシアとの間で同じく介護士らの受け入れを含むEPAが締結される。
 ただし、政府にはビジョンなどまるでなかった。EPAで他案件の交渉を有利に進めようと、フィリピン側が求めた介護士受け入れを認めただけなのだ。
 2005年以降、日本はフィリピン人ホステスに対する興行ビザの発給を事実上停止した。米国から「人身売買の温床」との批判が出たからだ。その結果、年に10万人近く 来日していたフィリピン人女性が出稼ぎの手段を失った。
 出稼ぎの送金に依存するフィリピン経済にとっても影響は大きい。つまり、介護士の受け入れには、来日を制限したホステスの“代わり”という意味もあった。
 介護行政を統括する厚労省にとっては寝耳に水である。同省は外国人労働者の導入に消極的だ。何とか彼らの就労長期化を阻止したい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090526/195767/?P=2

3/3ページ
 そこで国家試験合格といった実質不可能な条件を設ける一方、JICWELSを通しての利権確保も図った。介護現場の状況などはなから関係なく、国家としての戦略も あったものではない。

採用するにも集団面接しか許さない行政
 こうした事情が施設側に伝わって、一時は盛り上がった外国人介護士への期待も急速にしぼんでいく。そんな中、大阪府池田市の社会福祉法人 「池田さつき会」では、4人のフィリピン人介護士の受け入れを決めた。その理由を村上隆一事務長はこう話す。
 「将来に向けた先行投資です。介護の現場は、やがて外国人の方に頼らざるを得なくなる。早くから受け入れ、経験と実績を積んでおきたかった」
 池田さつき会は、決して安易に外国人介護士に頼ろうとしているわけではない。今年4月には新卒者30人の採用を試みたが、集まったのは17人だった。
 中途採用で補おうと、ハローワークから30人の求職者を紹介してもらったが、採用に至ったのは2人に過ぎない。行政は“派遣切り”された失業者を介護現場に 送り込もうとしているが、介護の仕事は日本人なら誰でもできるというわけではないのだ。
 もちろん、4人ものフィリピン人を採用するのは大きな決断だ。日本に送り出す介護士の選考は相手国側に委ねられ、日本語能力も来日の条件になっていない。 事前の顔合わせも、JICWELSは簡単な集団面接しか許さない。施設にとっては、優秀な人材に当たるかどうかは運頼みである。
 だが、池田さつき会の場合、候補者と個別に面接を重ねていた。しかも皆、1年以上にわたって日本語を学んできた人材である。なぜ、同会に限ってそんなことが 可能だったのだろうか。(次回に続く)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090526/195767/?P=3

2009年6月5日(金)

どこへ行く、外国人介護士・看護師−下
優秀なフィリピン人看護師が来日できない

1/3ページ
 日本政府はインドネシアとフィリピンの両国政府と経済連携協定(EPA)に基づいて、両国からそれぞれ2年間で合計600人の介護士と、400人の看護師を受け入れることを 決めた。昨年8月にはインドネシアから第1陣が来日し、今年5月にはフィリピンからの受け入れも始まった。
 介護や看護の現場は不況にもかかわらず、有効求人倍率は1倍を上回る人手不足の状況だ。にもかかわらず、介護施設などではEPAに基づいて来日した外国人の受け入れに、 二の足を踏むところが多い。
 彼らを受け入れるには、半年間の日本語研修費用の負担や、事前に候補者と個別に面接をすることが許されないといった制約があるからだ。こうした状況の中で、 優秀な外国人介護士を積極的に受け入れようとしている施設がある。大阪府池田市にある社会福祉法人「池田さつき会」だ。

4人の来日と日本人ビジネスマン
 同会は今年、4人のフィリピン人介護士の受け入れを決めた。4人は皆、1年以上にわたって日本語を勉強し、さらに日本式の介護の研修も受けてきた者ばかりだ。 同会は候補者と面接も重ねていた。
 EPAによる外国人介護士らの受け入れでは、日本語能力は来日条件になっていない。来日後に半年間、日本語研修を受けるだけで就労が始まる。事前の面接も許されない はずだが、なぜ池田さつき会には可能だったのか。それは現地で日本に派遣する介護士の養成に取り組んでいる日本人ビジネスマンとのコネクションが、池田さつき会には あったからだ。
 その日本人ビジネスマンは、介護関連の支援サービスなどを手がけるN.T.トータルケア(本社・大阪市)の高橋信行社長だ。高橋社長はフィリピンで長年、 電子部品工場を経営するかたわら、かつて米軍基地があったことで知られるスービックに2005年、日本人高齢者向けの長期滞在施設「トロピカル・パラダイス・ヴィレッジ (TPV)」を開設する。
 TPVを訪れる日本人高齢者への介護を通じ、日本へと派遣するフィリピン人介護士を養成するためだ。年によっては10倍を超す応募者を高橋氏自身が面接し、 毎年20人程度を採用する。そして日本語研修を施した後、TPVに配属。給料を支払い、研修を積んでもらう。その扱いは、まさに“金の卵”である。

使い捨てを恐れ看護師資格者の派遣に二の足踏む
 ただTPVから日本へのフィリピン人介護士らの派遣は、スムーズには進まなかった。当初、早ければ2007年秋と見られた送り出しの開始は、フィリピン上院がEPAの批准を 拒否したことで遅れた。その結果、多くの人材が高橋氏の下から去っていった。中には、日本行きをあきらめ、条件の良い米国やカナダに行った人も少なくない。
 ようやく日本側の受け入れが実現したことで、高橋氏はTPVに残った介護士の中から、22人を日本に派遣することを決めた。その手順としてEPAのスキームでは、 送り出し実務を担うフィリピン海外雇用庁(POEA)の審査を経なければならない。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090602/196464/

2/3ページ
 そこで落とし穴が待っていた。22人のうち、15人が書類審査で落ちてしまったのだ。15人の中には、来日していれば日本語研修が免除された日本語能力試験2級の 合格者も含まれていた。さらに驚くべきは、落選した人材が皆、看護師の有資格者だったことだ。フィリピン政府はなぜ能力のある人材の派遣を拒んだのか。
 N.T.トータルケアの高橋氏は言う。
 「フィリピン看護協会などは、自国の看護師が介護士として日本に行き、短期間で使い捨てられることを懸念しています。その意向を受けたPOEAが、看護師資格を 持って介護士に応募してきた人を除外してしまった」
 フィリピンでは、看護師のステータスは日本にも増して高い。賃金の高い欧米諸国で仕事に就けるチャンスも多く、優秀な人材が集う職種となっている。 こうした事情に鑑み日本側も、看護大学の卒業者が介護士として入国することを認めた。高橋氏も看護師の資格を持った人を優先的にTPVで採用してきたが、 それが裏目に出てしまった。

短期出稼ぎ目的の介護士がいる場合もある
 結局、当初予定していた22人中7人しか来日は認められなかった。7人は看護師の資格を持っていないが、4年生の大学を卒業し、介護士の資格を持っている。 EPAによるフィリピン人介護士の受け入れ条件は、看護大学の卒業生か、4年生大学卒の介護士資格保有者のいずれかになっているためだ。ただ、フィリピンの場合、 介護士の資格は半年ほどで取得でき、ステータスも看護師よりもずっと低い。
 EPAで受け入れる外国人介護士は、入国から4年以内に介護福祉士の国家試験に合格しなければ帰国しなければならない。来日したフィリピン人介護士は、平均年齢が 30代半ばで、過去に海外でメイドなどとして就労した経験のある人も多く含まれる。日本で真剣に国家試験合格を目指すというより、短期の出稼ぎ感覚で来日する介護士が 多いのではないか、と高橋氏は見る。こうした中で日本の施設が意欲のあるフィリピン人介護士を雇うには、フィリピンでの実績や来日目的を面接などで十分に確かめる 機会が必要だ。
 だが、EPAのスキームでは、日本の施設側が人物を見極める機会は極めて限られている。昨年のインドネシア人介護士の受け入れでは、施設と候補者の顔合わせは事前に 一切許されず、匿名データを基に就労先と採用希望者を選び合った。
 今回のフィリピン人に関しては、集団面接が実施され、互いの名前やプロフィルも公開された。だが、簡単な集団面接程度では、個人の資質まで判断することは難しい。 池田さつき会も集団面接には参加せず、高橋氏の人材と別途個人面接を行ない、POEAの審査を通った7人から4人を採用したのである。
 池田さつき会の村上隆一事務長は、「高橋さんとの関係がなければ、今回の受け入れはなかった」と話す。プロフィルや簡単な集団面接だけで外国人介護士を採用する など、施設にとってはあまりにリスクが大きいのだ。

悪質ブローカーが介在する可能性も
 池田さつき会は、高橋氏の会社に対し、毎月決まった手数料を支払う。他のフィリピン人介護士を受け入れる以上にコストはかかるが、人材の質を優先した。ただし、 このシステムには、悪質なブローカーが介在してしまう可能性がある。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090602/196464/?P=2

3/3ページ
 ブローカーが前もって施設と話をつけておけば、自ら抱える人材をEPAのスキームで日本に送り込むことができる。そこに悪質なブローカーが目をつければ どうなるか。
 例えば、日本でホステスとして働いた経験のあるようなフィリピン人女性に母国で介護士の資格を取らせる。前述したようにフィリピンで介護士の資格は、 半年ほどの講習を受ければ簡単に手に入る。そしてPOEAを通じ日本へと派遣した後、受け入れ施設から失踪させ、よりカネの稼げる夜の仕事を斡旋する。
 2005年以降、日本が「興行ビザ」の発給を実質的に止めたことで、フィリピンにはホステス派遣の仕事を失ったブローカーが溢れている。そうした連中が、 EPAを悪用しないとも限らない。事実、高橋氏の会社のウェブサイトからフィリピン人介護士の写真を無断で使い、施設に人材の売り込みに来るようなブローカーも 出始めている。
 では、どうすれば日本と送り出し国双方が満足するスキームができるのか。

20億円の費用を半減することも可能に
 まず求められるのは、日本政府のイニシアティブだ。政府が先頭に立ち、派遣国の看護学校などと提携し、日本へと送り出す介護士や看護師の養成コースを設立する。 つまり、高橋氏の取り組んできたプロジェクトを国家レベルで実行するのだ。
 そこで日本語に加え、日本式の介護や看護の研修も行う。その後、一定のレベルに達した人材を施設が面接し、採用が決まれば入国を許可する。日本側による人材育成は、 送り出す国にとっても望ましい。
 研修にかかる費用は日本政府が負担する。介護士らの受け入れでは、初年度だけで20億円近い税金が使われた。だが、高橋氏によれば「現地で教育すれば、日本から 日本語教師を派遣しても、半分以下の費用で同程度以上の研修が可能」だという。日本語能力を身につけて来日すれば、即戦力として仕事ができるし、国家試験合格への 関門を1つクリアできる。
 だが、そのためには日本側の“意志統一”が不可欠だ。介護現場には外国人介護士への期待は高いが、厚労省は「受け入れは人手不足解消のためではない」との スタンスを崩していない。本来は官民一体となって取り組むべき国家プロジェクトが、呉越同舟の状態ではうまくいかないのも当然だ。
 今後、少子高齢化はさらに進んでいく。それでも介護現場は、あくまで日本人だけで支えていくのか。それとも、外国人介護士の力が必要なのか。外国人を入れるなら、 どれだけの人を、どういった資格で入国させるのか。そして、どうすれば優秀な人材が集められるのか――。
 外国人介護士の受け入れは、そうした根本的な議論もなしに始まった。その結果、喜んでいるのは、人材の斡旋や日本語研修の利権を得た官僚機構だけなのである。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090602/196464/?P=3


◆出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト。1965年岡山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社、「ザ・ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題のシンクタンク 「政治経済研究ジョイント・センター」の客員研究員を経て、独立。主な著書に『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、 『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社)などがある。また日経ビジネス2002年9月30日号コラム「ひと烈伝」でヨシダソースで有名な 米ヨシダグループの吉田準輝会長を寄稿、現在「フォーサイト」(新潮社)で「2010年の開国・外国人労働者の現実と未来」を長期連載中。

◆ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、 その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

TOP


アーカイヴ  ◇研究紹介  ◇50音順索引  ◇人名索引  ◇リンク  ◇掲示板

HOME(Living Room)