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プロジェクトスタディ IA 5D
Project Study IA 5D

http://online-kaikou.ritsumei.ac.jp/2012/syp/show.php?course_code=13613
立命館大学産業社会学部
このファイルは、北村個人が作成したものであり、文責はすべて北村にあります。


◇論文執筆格言集  ◇論文とは「型にはまった」文章である
◇執筆上の八つのテクニック  ◇なぜ言葉が大切なのか
◇シンプルに書けば、きちんと伝わる

■担当教員(2012年度)
 北村健太郎

■教科書
宮本 太郎 20091120  『生活保障――排除しない社会へ』,岩波書店,xiii+228+6p.  ISBN-10: 4004312167 ISBN-13: 978-4004312161 800+税 [amazon][kinokuniya]

■開講期間 ※補講・講義日の変更に注意!
 2012年度前期/金曜/3限/志学館131

■成績評価方法
平常点評価100%
・日常的な授業における取組状況の評価(50%)
・期末課題レポート(50%)

■授業外学習の指示
 レポート作成においては授業外学習が必要となる。

■受講および研究に関するアドバイス
 3、4回生の演習に向けた基本的な学習技術の修得をめざして、とにかくアクティブに授業に参加してほしい。主体的に課題発見を行い、 討議・発表に積極的に参加してこそ、力が着いていくことを実感できるであろう。

■授業の概要(オンラインシラバスより)
 本科目はプロジェクトスタディ分野「福祉社会」である。プロジェクトスタディは、基礎演習での学びをふまえて、“専門性”と“学際性” とを深め立体的な学びを展開していくための基礎的な能力を養成することをねらいとした科目である。このため、それぞれの専門分野における基礎的な文献・ 資料を批判的に読解し、論理と根拠をもって主張を表現することに取り組む。
 近年の日本社会の状態は、「貧困」の広がりが誰にでも見える時代になったと言って過言でない。 年収200万円以下の労働者が1000万人を越えたという。 「ワーキングプア」のことだ。そればかりか「違法ハケン」「ピンハネ」「偽装請け負い」が蔓延し、 正社員は「カローシ(過労死)」の淵に立たされている。都市のホームレスは「ネットカフェ難民」や「河川敷生活者」に広がっている。 一方、困窮しても生活保護の申請をさせてもらえなかった男性が、「おにぎり食べたい」と書き残し餓死していた。 90歳のお母さんと介護していた60歳代の娘さんが2人とも亡くなって発見された事件や介護殺人など悲惨な事件もあとを絶たない。 「新しい貧困」の一つとして人々の孤立や社会的排除も問題となっている。
 ところで、受講生の皆さんが「あなたは今豊かですか?それとも貧しいですか?」と問われたとしたら、答えに窮するだろう。簡単な例をあげれば、 「アルバイトを沢山しているのでお金は困っていないが時間がない」場合、自由なお金は「豊か」だが自由な時間は「貧しい」ことになる。 下宿している学生の住居は豊かであろうか?「三間(時間・空間・仲間)の喪失」ということばがあるが「豊かさ」がモノだけでは測れないよい例である。 「貧困」は人ごとではないということでもある。
 さて、先に示した人々の「貧困」は個人責任に帰すべきであろうか?貧困の中には、明らかに人為的に作られものも多いが、中には一見個人責任のように見えても、 社会的要因を少なからずもっているものもある。ではなぜ個人責任のように見えるのか、それは生活問題の多くは「私生活」の困難として現われからである。 しかし社会福祉の立場から、生活問題を解決または緩和するためには、社会や地域全体への対応と個人や家庭に対する個別的支援の両方が必要となる。 例えて言うならば「森を見る」と「木を見る」の違い、「鳥の眼で見る」と「虫の眼で見る」の違いである。
 貧困を考えると暗い気持ちになってしまうが、暗い事ばかりもでない。世論の力が、薬害C型肝炎訴訟の終結を後押しする、生活保護母子加算廃止の復活、 障害者自立支援法の応益負担廃止(新政権表明)などの、権利を保障していく動きもある。このことは、私たちが主体者として問題を解決・緩和できる可能性を示している。 その基本は福祉社会のシステムを人間の力で再構築していくという実践である。人々が「生きていて良かった」と言える社会は、家庭・諸組織・地域・ 社会全体において、 人々の協同と社会福祉制度を再生し持続させる実践によって実現される。
 本プロジェクトスタディはこうした展望を、「真の豊かさ」の理解に求めテキストを選択した。テキストの精読と討議、レポート作成により「アカデミックリーディング」 「アカデミックライティング」の基礎を修得する。

■到達目標
 プロジェクトスタディの到達目標は、当該分野に関して、
・基礎的な用語や概念についての説明ができること
・一定の専門性を有した文献の要約を作成できること
・一定の専門性を有した文献を読解し、自らの言葉で説明できること
・一定の専門性を有した文献をふまえ、それを用いながら、自らの主張を述べることができること
・一定の専門性を有したデータベースや多様な資料を収集し、研究に活用できること
 上記に比べて本分野では、1.「福祉社会」に関わる現実の理解及び基本的な知識と考え方の修得、2.文献・資料を的確に理解し、 それを正確に表現し伝える能力の形成を行う。

■履修しておくことが望まれる科目
 基礎演習I・II、情報リテラシー、ライティングリテラシー、各専攻のコア科目、基礎社会学

■授業回数・予定日
第1回 4月6日(金) オリエンテーション/人間福祉専攻分野Tの概要、目標、進め方
第2回 4月13日(金) アカデミックリーディング、アカデミックライティング演習・指導
第3回 4月20日(金) 文献「はじめに――生活保障とは何か」 「生活保障」の考え方
第4回 4月27日(金) 文献「断層の拡がり、連帯の困難」 生活不安、低賃金と失業、貧困、社会的排除
第5回 5月11日(金) 文献「日本型生活保障とその解体」 公共事業、都市と農村、終身雇用、企業福祉
第6回 5月18日(金) 文献「スウェーデン型生活保障のゆくえ」 福祉国家、社会実験、セーフティネット
第7回 5月25日(金) 討議の中間まとめとアカデミックライティング演習・指導
第8回 6月1日(金) 文献「新しい生活保障とアクティベーション」 Workfare、北欧、アクティベーション
第9回 6月8日(金) 文献「排除しない社会のかたち」「おわりに――排除しない社会へ」社会的排除、社会的包摂
第10回 6月15日(金) 討議のまとめとアカデミックライティング演習・指導、副教材の活用、アカデミックライティング
第11回 6月22日(金) 討議のまとめとアカデミックライティング演習・指導、副教材の活用、アカデミックライティング
第12回 6月29日(金) 討議のまとめとアカデミックライティング演習・指導、副教材の活用、アカデミックライティング
第13回 7月6日(金) 討議のまとめとアカデミックライティング演習・指導、副教材の活用、アカデミックライティング
第14回 7月13日(金) 討議のまとめとアカデミックライティング演習・指導、副教材の活用、アカデミックライティング
第15回 7月20日(金) まとめと振り返り・総括

■参考書
◆暉峻 淑子 20030520 『豊かさの条件』,岩波新書,242p. 740+税 ISBN-10: 4004308364  ISBN-13: 978-4004308362 [bk1]  [amazon]
広井 良典 20060710  『持続可能な福祉社会――「もうひとつの日本」の構想』,ちくま新書,269p.  780+税 ISBN-10: 4480063110 ISBN-13: 978-4480063113 [amazon]

■教員との連絡方法



■アカデミックライティング参考文献 → アカデミック・スキルズ
◇柔軟な思考
◆外山 滋比古 1986024 『思考の整理学』,ちくま文庫 223p. 520+税 ISBN-10: 4480020470  ISBN-13: 978-4480020475 [amazon]
◆中山 茂 20031120 『大学生になるきみへ――知的空間入門』,岩波ジュニア新書452 211p. 740+税 ISBN-10: 4005004520 ISBN-13: 978-4005004522  [amazon]

◇文章作法
◆梅田 卓夫 20010207 『文章表現 四〇〇字からのレッスン』,ちくま学芸文庫 305p. 950+税 ISBN-10: 4480086129 ISBN-13: 978-4480086129  [amazon]
◆樋口 裕一 20090420 『読ませるブログ――心をつかむ文章術』,ベスト新書 175p. 686+税 ISBN-10: 4584122245 ISBN-13: 978-4584122242  [amazon]
◆近藤 勝重 20100125 『早大院生と考えた文章がうまくなる13の秘訣』,幻冬舎 239p. 1400+税 ISBN-10: 4344017757 ISBN-13: 978-4344017757  [amazon]
今野 雅方 20100410 『深く「読む」技術――思考を鍛える文章教室』,ちくま学芸文庫 313p. 1100+税  ISBN-10: 4480092919 ISBN-13: 978-4480092915 [amazon]
◆近藤 勝重 20110930 『書くことが思いつかない人のための文章教室』,幻冬舎新書 222p. 780+税 ISBN-10: 4344982339 ISBN-13: 978-4344982338  [amazon]

◇図書館・インターネット
◆井上 真琴 20040810 『図書館に訊け!』,ちくま新書 253p. 740+税 ISBN-10: 448006186X ISBN-13: 978-4480061867  [amazon]
◆千野 信浩 20051020 『図書館を使い倒す!――ネットではできない資料探しの「技」と「コツ」』,新潮新書 191p. 680+税 ISBN-10: 4106101408  ISBN-13: 978-4106101403 [amazon]
◆小笠原 善康 20030820 『インターネット完全活用編 大学生のためのレポート・論文術』,講談社現代新書 269p. 740+税 ISBN-10: 4061496778  ISBN-13: 978-4061496774 [amazon]

◇レポート・論文執筆
木下 是雄 19940207 『レポートの組み立て方』,ちくま学芸文庫 269p.  780+税 ISBN-10: 4480081216 ISBN-13: 978-4480081216 [amazon]
西 研/森下 育彦 19970520 『「考える」ための小論文』,ちくま新書 238p. 740+税 ISBN-10: 4480057102  ISBN-13: 978-4480057105 [amazon]
◆花井 等・若松 篤 19971230 『論文の書き方マニュアル――ステップ式リサーチ戦略のすすめ』,有斐閣アルマ 210p. 1600+税  ISBN-10: 4641120455  ISBN-13: 978-4641120457 [amazon]
◆荒木 晶子・向後 千春・筒井 洋一 20000400 『自己表現力の教室――大学で教える「話し方」「書き方」』,情報センター出版局 243p.  1365 ISBN-10: 4795831327 ISBN-13: 978-4795831322 [amazon]
◆山内 志朗 20010919 『ぎりぎり合格への論文マニュアル』,平凡社新書,211p. 700+税 ISBN-10: 4582851037 ISBN-13: 978-4582851038  [amazon]
小笠原 善康 20020420 『大学生のためのレポート・論文術』,講談社現代新書 225p. 680+税 ISBN-10: 4061496034  ISBN-13: 978-4061496033 [amazon]
戸田山 和久 20021130 『論文の教室――レポートから卒論まで』, 日本放送出版協会 297p. 1176 ISBN-10: 4140019549 ISBN-13: 978-4140019542  [amazon]
河野 哲也 20021225 『レポート・論文の書き方入門 第3版』 慶應義塾大学出版会 116p. 1000+税 ISBN-10: 4766409698  ISBN-13: 978-4766409697 [amazon]
◆酒井 聡樹 20060410 『これから論文を書く若者のために――大改訂増補版』,共立出版 301p. 2600+税 ISBN-10: 4320005716 ISBN-13: 978-4320005716  [amazon]
◆今野 雅方 20110410 『考える力をつける論文教室』,ちくまプリマー新書158 223p. 840+税 ISBN-10: 4480688617 ISBN-13: 978-4480688613  [amazon]
石井 一成 20110502 『ゼロからわかる大学生のレポート・論文の書き方』,ナツメ社 215p. 1100+税  ISBN-10: 4816350578 ISBN-13: 978-4816350573 [amazon]

◇社会調査
◆谷岡 一郎 20000620 『「社会調査」のウソ――リサーチ・リテラシーのすすめ』,文春新書 222p. 690+税 ISBN-10: 4166601105 ISBN-13: 978-4166601103  [amazon]
御厨 貴 20020415 『オーラル・ヒストリー――現代史のための口述記録』,中公新書 207p. 740+税  ISBN-10: 412101636X  ISBN-13: 978-4121016362 [amazon]
◆宮内 泰介 20040706 『自分で調べる技術――市民のための調査入門』,岩波アクティブ新書 199p. 740+税 ISBN-10: 4007001170  ISBN-13: 978-4007001178 [amazon]

◇プレゼンテーション
◆池上 彰 20070502 『「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える! 伝える力』,PHPビジネス新書 205p. 800+税 ISBN-10: 4569690815  ISBN-13: 978-4569690810 [amazon]
◆池上 彰 20090720 『わかりやすく〈伝える〉技術』,講談社現代新書 238p. 740+税  ISBN-10: 4062880032 ISBN-13: 978-4062880039 [amazon]
◆酒井 聡樹 20081130 『これから学会発表する若者のために――ポスターと口頭のプレゼン技術』,共立出版 166p. 2700+税  ISBN-10: 4320005791 ISBN-13: 978-4320005792 [amazon]
◆平林 純 20090324 『論理的にプレゼンする技術――聴き手の記憶に残る話し方の極意』, ソフトバンククリエイティブ 206p. 952+税 ISBN-10: 4797349778 ISBN-13: 978-4797349771  [amazon]

◇研究計画
◆妹尾 堅一郎 19990318 『研究計画書の考え方――大学院を目指す人のために』,ダイヤモンド社 397p. 3500+税 ISBN-10: 4478731756 ISBN-13: 978-4478731758  [amazon]
◆ダン・レメニイほか/著 小樽商科大学ビジネス創造センター/訳 20020920 『社会科学系大学院生のための研究の進め方――修士・博士論文を書くまえに』, 同文館出版 154p 1900+税 ISBN-10: 4495865218 ISBN-13: 978-4495865214  [amazon]
◆細川 英雄 20060225 『研究計画書デザイン――大学院入試から修士論文完成まで』,東京書籍 182p. 2600+税 ISBN-10: 4489007248 ISBN-13: 978-4489007248  [amazon]
◆細川 英雄 20080425 『論文作成デザイン――テーマの発見から研究の構築へ』,東京書籍 172p.  1800+税 ISBN-10: 4489020325 ISBN-13: 978-4489020322 [amazon]
◆二木 立 20061120 『医療経済・政策学の視点と研究方法』,勁草書房 221p. 2400+税 ISBN-10: 4326748370  ISBN-13: 978-4326748372  [amazon]
◆田垣 正晋 20080120 『これからはじめる医療・福祉の質的研究入門』,中央法規出版 173p. 2000+税 ISBN-10: 4805829656 ISBN-13: 978-4805829653  [amazon]

◇就職に向けて
◆野村 進 20080522 『調べる技術・書く技術』,講談社現代新書 254p. 740+税 ISBN-10: 4062879409 ISBN-13: 978-4062879408  [amazon]
むらかみ かずこ 20090320 『できる大人の"一筆添える"技術』,ディスカヴァー・トゥエンティワン 189p. 1300+税  ISBN-10: 4887596936 ISBN-13: 978-4887596931 [amazon]
むらかみ かずこ 20100401 『仕事がもっとうまくいく! 書き添える言葉300』,日経ビジネス文庫 203p. 667+税  ISBN-10: 4532195381 ISBN-13: 978-4532195380 [amazon]
◆池上 彰 20091125 『知らないと恥をかく世界の大問題』,角川SSC新書 760+税 ISBN-10: 4047315044 ISBN-13: 978-4047315044  [amazon]
川辺 秀美 20100120 『22歳の国語力』,講談社現代新書 205p. 720+税 ISBN-10: 4062880350 ISBN-13: 978-4062880350  [amazon]
◆知的生活追跡班 編 20090905 『図解1分ドリル この一冊で「考える力」と「話す力」が面白いほど身につく!』,青春出版社 204p. 952+税  ISBN-10: 4413019032 ISBN-13: 978-4413019033 [amazon]
◆知的生活追跡班 編 20100420 『図解1分ドリル この一冊で「読む力」と「書く力」が面白いほど身につく!』,青春出版社 204p. 952+税  ISBN-10: 4413019075 ISBN-13: 978-4413019071 [amazon]
本田 健 20100415 『20代にしておきたい17のこと』,だいわ文庫 198p. 571+税 ISBN-10: 4479302832  ISBN-13: 978-4479302834 [amazon]
◆岡田 憲治 20101030 『言葉が足りないとサルになる――現代ニッポンと言語力』,亜紀書房,223p,1600+税 ISBN-10: 9784750510200 ISBN-13: 978-4750510200  ASIN: 4750510203 [amazon]

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■参考になるウェブサイト
◆Living Room 内のファイル
児童福祉  ◇社会福祉  ◇プロジェクト予備演習 I   ◇ディジタル・デザイン I  ◇読書案内

arsvi.com:GCOE 生存学創成拠点
老い  ◇ホームレス/寄せ場   ◇介助・介護  ◇障害者と労働   ◇バリアフリー/ユニバーサルデザイン/アクセス/まちづくり   ◇生活保護  ◇ケア/国境   ◇HIV/AIDS  ◇貧困
アカデミック・スキルズ  ◇  ◇  ◇

厚生労働省   ◆ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム   ◆フラッシュ版「もしも世界が100人の村ならば」   ◆<貧困>は自己責任ではない   ◆『ディマクコンダ』- 海外ボランティア特集   ◆KyozaiTop - Web教材(向後千春研究室)   ◆若者問題研究所=「ワカモン」

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シンプルに書けば、きちんと伝わる
樋口裕一(多摩大学教授、「小論文の神様」)2012年03月08日 公開
『苦手な人もスラスラ書ける文章術』より

いきなり核心に入る勇気を持とう。
 長々と前置きを書く人がいる。
 手紙で時候の挨拶をするのならいい。
 だが、ビジネス文書で、本題に入る前に言い訳をしたり、みんなが知っていることの説明をしたり。
 なかには、上司や関連する人々に一人ひとり気を遣って、あれこれと言葉を並べたり、謙虚な表現をちりばめる人もいる。
 これでは、読んでいるほうはたまらない。
 現代人にはそれほど悠長にしている時間はない。

 書くということは、ある特定の事柄を浮き彫りにすることだと理解する必要がある。

 ある日の出来事を書くのに、朝、目を覚まして、歯磨きして、食事をして、着替えて自宅を出るところから始める必要はない。
 そんなことをしたら、いつまでたっても本題に入ることができず、むしろ焦点がぼけて、わかりにくい文章になってしまう。
 どうしても前置きを書いてしまう人は、核心部分にいきなり入る勇気を持たないのだろう。
 少しずつ書きすすめるうちに、やっと勇気が出てきて、本題に入るのだろう。
 そんな人は、まず、余計な前置きは必要ないということ、そうした前置きが、文章を冗長でわかりにくいものにしていることをしっかりと認識する必要がある。
 謙虚な言葉を並べると、むしろ上司はいらいらして、その人への評価は下がる。
 ずばりと核心部分に入るほうが、上司はずっと喜ぶことを知るべきだ。
 なかには、どうやって核心部分に入ればよいのか、わからずにいる人もいるだろう。
 自信がないから、あれこれと書いてしまうわけだ。
 だが、ほんの少し覚悟を決めさえすれば、初めから本題に入っていくことは、それほど難しいことではない。

 まずは、もっとも大事なことを最初に書き、その後にそれを詳しく説明する形をとればよい。

 たとえば、何かについての自分の意見を書くとき、最初に、「……について、私は〜と考える」と示す。
 そして、その後に、現在、問題になっていること、それについて自分が考えたことを加える。
 そうすれば、すっきりとまとめることができる。
 自分の行動についての報告を書くとする。
 そのような場合には、最初に、「…に行って、〜をした」と、まずメインになる行動を書く。
 そして、その後に、そのようにした経緯、その後の結果などを説明する。
 なお、このような書き方については、次の項で詳しく説明する。

<ルール> 余計な前置きはいっさい必要ない。

型を身につけよう。
 構成をしっかりしてこそ、説得力のある文章が書ける。
 では、実際にどのような構成にすれば説得力のある文章になるのか。
 そこで、これから、具体的な構成法について述べていく。

 まず、200字から400字程度の、比較的短めの文章で考えよう。
 この場合は、基本型Aと基本型Bという、2つの構成法を使うことができる。
 いずれも、第1部と第2部の2部構成の形になる。

◎結論をまず提示する基本型 A
 基本型Aとは、第1部で問題の事柄に対する自分の意見や結論を簡単に示し、第2部でその根拠や具体例などを詳しく説明する形だ。
 たとえば、「○○の件について、私は現状のまま推進すべきだと考える。その理由は……」など。
 社外文書でも、最初に用件をずばり示して、用件の細かい内容などは後回しにするほうが読みやすいが、それも基本型Aの応用といえる。

 この書き方の利点は、最初に自分の立場をはっきりさせることで、文章全体の方向性が明確になり、ポイントがぶれずにすむことだ。

 それに、短い文章であればあるほど、読み手は結論を急ぐことが多い。
 とくに、社内の大勢に従う場合は、結論だけが重要なので、読み手の手間を省くためにもこの形のほうが好ましいだろう。

◎少数意見に向く基本型 B
 次に、基本型Bは、基本型Aの第1部と第2部を逆にした形だ。
 つまり、第1部で問題の事柄についての状況や具体例などを説明したうえで、第2部でそこから導かれる結論を述べるわけだ。
 たとえば、「問題の件については、このような状況があり、このような問題点が考えられる。したがって、現状のまま推進するべきではない」など。
 この書き方は、とくに多数派とは異なる意見などを示すときに効果的だ。
 ほかの人が気づいていない問題点や注意していない状況を材料として最初に提示して、そこで相手を圧倒したうえで、自然に結論に導く形にすれば、 かなり説得力があるだろう。
 だが、それだけの材料がない場合、立場が暖昧なまま話をすすめると、短い文章でも読み手はいらいらする場合がある。

 したがって、一般的には、基本型Aを使うほうが書きやすいだろう。

 基本型A・Bの使い分けは、面接や会議などでの発言の機会においても応用できる。

<ルール> まず、結論を提示する。


樋口裕一(ひぐち・ゆういち)
作家、多摩大学経営情報学部教授
1951年、大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、立教大学大学院博士課程満期退学。「小論文の神様」と呼ばれる、大学入試小論文指導の第一人者。 現在は小学生から社会人までを対象に、通信添削による作文、小論文の専門塾「白藍塾」を主宰する。多摩大学経営情報学部教授。
著書に『頭がいい人、悪い人の話し方』『本当に使える! 日本語練習ノート』(以上、PHP研究所)『親が教える! 小学生の作文上達法』(角川書店) 『「教える技術」の鍛え方』(筑摩書房)など多数。

http://shuchi.php.co.jp/article/917
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論文執筆格言集(pp.194-199)
(a)初心者用
・題目が決まったら、まず書き始めよう

 「愚かな人間は考えないで書き始める」という格言があったが、書いているうちに愚かでなくなってくるのだから、書き始めてから考え始めてもよい。 大事なのは、とにかく考える機会を作ることだ。書き始めないと、いろいろ悩むだけでよいことはない。書かないリコウよりも 書いたバカのほうがずっとエライ。

・迷ったら最初に戻れ
 最初の問題意識は書いているうちにだんだん忘れるものだ。それはそれでよいことだが、「初心」のうちには、書き始めるための起動力が備わっていたはずだ。 思い出すと書き進める気力につながる。道に迷ったら原点に戻るのが基本の一つだ。

・段落ごとに見出しを付けろ
 段落ごとにまとめると、その段落で何を述べようとしているのか、自分で確認することにつながり、何を書くべきか、何が不足しているのかが見えてくる。
 よく、段落のないような論文を学生が出してくる。どうも、何を書くべきなのか、何を書いているのか、分からなくなるとこういう文章になりやすい。 自分のために見出しをつけると、自分で何を書いているか見えてくるし、段落もまとまりやすい。

・書きたい気持ちを吐き出せ
 書きたいこともないのに文章を書くと、読んでいる方もこれまたつまらないことはない。書いている本人が面白いと思っていないことは、読んでいる方も面白くないし、 書いている方が書きたいことでなければ、読む方も読みたいとも思わない。文章を書くことを、義務・仕事・勉強にしてはならない。 学問をするためには、勉強してはならないのだ。「勉強」ほど、学問の敵になるものはない。
 ところで、文章が浮かびやすいのは、私自身の場合、心が七割内側を向き、三割外側を向いているときである。要するに、いくぶんネクラになっているときである。 気分が楽しく、他者への善意や愛情に満ちあふれているときは、分かりやすい文章は書けるがどうしてもユルフンになる。また、十割心が内側を向いていると、 あまりにも凝り固まっていて、しかも飛躍の多い、理解しにくい、文章になる。
 要するに、私の場合、文章を書くときは、意識的に、鬱モードに自分を追い込んでから、仕事にかかる。なお、この本は鬱モードに入らないまま書いたものである。

・ムダな文章はどんどん削れ
 苦労して考え出した文章だと、惜しくなってどんどん残したくなる。特に、パソコンで書いていると、どんどん文章が溜まっていく。しかし、使えない文章はあくまで 使えない文章である。情け容赦なく捨てていくべきだ。名文を書くためには、良い文章を思いつく能力が必要なのではなくて、ダメな文章を 切り捨てる能力が重要なのだ。文章を見分ける能力が大事なのだし、自分の文章についても、独りよがりや自己陶酔に陥らずに、悪いところを切るべきだ。 一般に、自分の書いた文章が名文だと思えてきたら、「病気」である。少なくとも、文章の上達は止まっている、と考えるべきだ。

・必ず下書きは他人に読んでもらえ
 自分ではわかっているつもりでも、他人にはさっぱり分からないということは多い。一人だけの世界で文章を書いてはならないということ だ。
 読まされる方は災難である。しかし、積善の家には必ず余慶あり、というから、他人の論文を読んであげて、功徳は積んでおこう。

・「前書き」は最後に書け
 「前」に書くのが前書きだと思っている人がいるが、あれは大間違いである。「前」に置いてあるのが「前書き」なのである、と私は思っている、だいたい、 最初に書いた前書きなんて、たいてい恥ずかしいものだ。最初に書いて、最後に書き直して、論文の最後の時点に書くのが「前書き」である。 そうしないと、「前書き」と「結論」が一貫しないということが生じる。「前書き」と「結論」が首尾一貫呼応しているのは、「結論」に合うように「前書き」を 書き直すからである。ここも基本の「キ」である。
 なお、私の場合、後書きや最後のキメの言葉は最初に考えている。それが思いついたら、書き始めるのである。ただし、最初カッコいいと思った言葉も二、三日後に 読み返すと、前日書いたラブレターと同じで、反古にすることも多い。

・書くことがなくなったら引用を増やせ
 引用の多い論文を書け、ということではない。書くことがないというのは、たいてい「ガス欠」の状態である。いろいろ調べてノートに取ること は、ガソリンを補給することだ。場合によっては、論文にも引用として使えるし、頭を整理することにもつながる。頭が動かないときは、大事だと思ったところを、「写経」 の精神で写すのも大いに意味がある。

・段取りをつけよう(書き始める前の段取りがすべてだ)
 さっきは、考えないうちに書き始めろと書いた。矛盾しているようにも見えるが、そうではない。私がさっき書いたのは、段取りはつけたが、いつまでもグズグズして、 書き始めない人間が少なくないからだ。
 締め切りの二週間前になって、日本国内の図書館には所蔵されていない雑誌の論文が不可欠な論文であることに気づいた例などを見ているからだ。

・オリジナルな論文を書こうとするな
・頭が混乱してきたら、誰かにぶちまけよう
・「しかし」を多用する論文はデキの悪い論文である
・迷ったら声に出して、原稿を読んでみろ

(b)中級者用
・論文は山のようなものだ。頂上を二つ作るな。
・調べたことを全部書くな(書かないことが大事な場合もある)
・必ず要約できるように頭を整理しておこう
・最初にキメのせりふを三つぐらい用意しておこう
・知識をひけらかすな

(c)上級者用
・自信のあるところは気弱そうに書け
・自信のないところは自信満々に書け
・リズムの悪い文章は中身も悪い
・酔っぱらった頭で読み直すとこなれた文章になりやすい
・隠し玉は残しておけ

◆山内 志朗 20010919 『ぎりぎり合格への論文マニュアル』,平凡社新書,211p. 700+税 ISBN-10: 4582851037 ISBN-13: 978-4582851038  [amazon]

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論文とは「型にはまった」文章である(pp.76-85)

 論文とはつぎの五つの構成要素がこの順序通りに並んだものだ。
(0)タイトル・著者名・著者の所属機関
(1)アブストラクト
(2)本体
(3)まとめ
(4)注、引用・参考文献一覧

【鉄則17】論文のタイトルには、「この論文を読むと読者は何がわかるようになるのか」を書く。

【アブストラクトに書くべきこと】
★論文の目的(どのような問いに取り組んだのか/何を明らかにしようとしたのか)
★論文の結論(問いに対しどのような答えを出したのか/調査の結果何がわかったか)
★論文の本体でどのように論が展開されるか
・何かを調査した場合は調査方法と調査対象

【鉄則18】要約は文章を一様に短くすることではない。読んで報告する報告型の課題に取り組むとき、
(1)筆者はどういう問題を立てているか、
(2)筆者はそれにどう答えているか、
(3)筆者は自分の答えのためにどのような論証をしているか、
の三点だけをおさえて報告すればよい。


(2-1)問題提起と問題の分析・定式化
(2-2)主張(問題に対する答え、「結論」とも呼ばれる)
(2-3)論証

(2-1)問題提起と問題の分析・定式化
 ここでは最低限、つぎのことをやっておかなくてはならない。先ほどと同様に必須項目は★で示してある。
★問題の提示、つまりどういう問題に取り組むのか
★問題の説明、その問題がどういうものであるのか、もう少し詳しく説明する。問題に含まれる用語や概念を解説することも含まれる。
・問題の背景、どうしてその問題が生じてきたか、その現状分析。いつからその問題があるのか。自分が見つけた問題なら、どうしてそのことが問題だと気づいたのか。
・問題の重要性、その問いに取り組むことにどんな意義があるのか。
・問題の分析、つまり、問題が大きなときはいくつかの問いに分ける。

◆戸田山 和久 20021130 『論文の教室――レポートから卒論まで』,NHKブックス 297p.  1176  ISBN-10: 4140019549  ISBN-13: 978-4140019542 [amazon]

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執筆上の八つのテクニック(pp.144-145)
5.指導教員を利用する。
 少しでも書いたら指導教員の指導を受ける。ある程度できあがってからと考えていると、いつまでたってもできあがらない。 少し書いたら怖じけずに、何度でも持っていき指導教員に批判してもらい、そこから盗むことが重要である。「師匠から盗む」、 それが学問をするということである。
6.友人を利用する。
 人に話すと考えがまとまったり、問題点がわかることがよくある。そこで、親しい友人に自分の論文の話を聞いてもらうのもよい。これはかなり有効である。 とりわけ行き詰まったときにはきわめて効果的である。直接会って、あるいは電話して話を聞かせる。相手の迷惑を顧みずにおこなうくらいの方がよい。 「指導教員を利用する」こともそうだが、自分の頭だけで論文を書こうとしないことが大切である。
7.自分で問いを出し自分で答える
 論文は勉強の単なるまとめではない。卒論は、自分の考えを書くのであって、他人の考えをまとめるのではない。 自分の考えを他人に説得することが「論を書く」ということである。そこで、常に議論的に書いてもらいたい。
 「議論的に」というのは、「これはどういうことだろう」「果たしてこの考え方で現実を説明しきることができるだろうか」などと自分で 問いを出して、「それはこうではないか」「こうした不都合が生じるのではないか」といったように自分で答えるというスタイルで 論を進めることである。

◆小笠原 善康 20020420 『大学生のためのレポート・論文術』,講談社現代新書 225p. 680+税 ISBN-10: 4061496034  ISBN-13: 978-4061496033 [amazon]

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なぜ言葉が大切なのか
■たくさんの言葉が世界を変える
 唐突ですが、サッカー日本代表が一九九八年のフランス大会からずっと続けてワールドカップに出場できるようになった大きな理由の一つを御存知でしょうか。それは、 サッカーをとりまく人々(サッカー協会、良質なジャーナリズム、地味に頑張っている全国の指導者、サッカーの選手たち、サッカーを愛する人々)が、 プロ化を目指して以降、ずっとサッカーについて以前より「たくさんの言葉を使ってしゃべった」からです。
 「んな、あほな。強なったんは、才能ある選手がぎょうさん出てきたからやろ。中田とか小野とか稲本とか」と思っている方にお返しします。その通りなのですが、 逆の順番の話もあるのです。指導者はもちろんのこと「全体としてのサッカーに関わる人たち」が、世界の状況を知って、 以前より豊かな言葉でサッカーについて何年も語ったから「言葉をきちんと使えて、それゆえ頭を使ってサッカーができる」中田や小野を発見し育て、 活躍させることができたんです。
 同時に、ワールドカップには出るには出ますが、どうしてもある壁を突き破って「世界の8強」になれない理由は何だと思いますか。 それは選手やマスメディアやサポーターに「まだまだ言葉が足りない」からです。(pp.4-5)

 どんなことであろうと、この世にある「好きなこと」と「かなり大事なこと」に関して、言葉をたくさん使って、ああでもないこうでもないとおしゃべりをすると、 そんなことしないで黙って静かに暮らしているよりも、一〇〇%確実に世の中は楽しくかつ良くなります。悪くなることもたくさんありますが、ちゃんと話をすれば、 お相撲で言えば八勝七敗くらいで楽しく良い世の中になります。言葉は使えば使うほど、 なんだかんだ言っても私たちの幸福にどこかでつながります。逆に「好きなこと」や「大事なこと」をあまりに少ない言葉で済ませる習慣がつくと、何が好きなのか、 何が本当に大事なのかがわからなくなります。ちなみに好きなものがない人生のことを暗黒の人生と呼びます。とにかくたくさん話すことが必要です。 「無駄なおしゃべり」という言葉もありますが、この際問題の重要性に鑑みて、どーんと言ってしまいます。無駄なおしゃべりすら、いや無駄なおしゃべりこそ、 それはみんなの幸せにつながってくると。「言葉の無力さ」に打ちひしがれた20歳の青春を経たけれども、嘘八百を喋り散らされて酷く心を傷つけられたけど、 それでもやはり、「もっと言葉が必要だ」と思わざるを得ません。(pp.7-8)

■幼児語を使ってはいけない
 でもこの法則には、一つだけ譲れない条件があります。それは「幼児語を絶対に使ってはいけない」ということです。[…] いくつか先に言ってしまいましょう。

 「ウゼぇ」は昨今本当に困った幼児語です。
 「チョーヤバくねぇ?」は王道を行く幼児語です。
 「っていうかアリっぽくねぇ?」はもはや「チョー」幼児語です。
 「感動をありがとう!」は、幼児語ではありませんが、感動という行為を「まったくもって大雑把で貧乏臭くさせてしまう」危険な使用禁止候補用語です。 精神が怠惰になる「やっつけ仕事的言葉」です。締め切りに追われて時間のない雑誌記者などが使い、「感動の涙」と「もらい泣き」 の区別に興味がない人たちが飛びつきます。
 「政治とカネ」は、そのものは幼児語ではありませんが、「政治は清貧でなければならない」という、 政治を語ることと道徳を語ることと一緒と考えるような間違ったところから出発すると、実質的に幼児語と同じ働きをしてしまいます。政治とカネの関係において、 本当に考えなければならないポイントは何なのかを一切考えなくさせる機能を果たす可能性があり、結果的に集団的な催眠効果が起こり 「カネがからむのってありえなくねぇ?」などという、思考停止状況に拍車をかけます。(pp.8-9)

[…]どう考えても「言葉はウザい」というところから出る気持ちもなければ興味もない人たちは、読んでいただかなくてもけっこうです。本屋さんを出て、 携帯をいじくりまわして青春と人生を浪費してください。[…]この本は、主に次のような人々に向けて書かれています。

・世界と自分はこのままでいいとは思っていない。
・でも自分は無力で、自分には何ができて、何ができないのかも曖昧な気がする。
・それでも自分の外側の世界に小指の先くらいでも興味と愛情を持っている。
・そうした自分と世界との折り合いのつかない切なさをやや持て余している。
・でもやはり自分は言葉を手放すことなくそこで悩む以外にないのだ、というところに、ちょっとした勇気でとどまっている。

 ちなみに、蛇足ですが、良い学校を出ているか出ていないかは関係ありません。でも、自分の意志で学校に行った人は「言葉には興味がない」 などと絶対に言ってはいけないという「世界共通のお約束」がありますから、そういう人にはぜひ読んでいただきたいと思います。何と言っても、 この世を中核で支えている人たちですから。(pp.10-11)

■学校に行く理由
 […]ようするに学校というところは「言葉を使えるようになるための知識ときっかけを探しに行くところ」です。市井で額に汗して働いている、 世の中を支えている人々になり代わって、そうやって働いている人々がなかなか出来ないことをできるようになって、最終的にはその人たちの幸せに貢献するために、 言葉をうんと覚えて、言葉を自由に扱って、言葉で世界を把握して、言葉を扱うことができる人々の特権的立場から得られた利益を、 言葉をたくさん使えないけれども間違いなくこの世の中を支えている人々にお返しするための力をつける場所です。だから、言葉に興味がなく、言葉を使うのが苦手で、 言葉を紡ぐことが本当に億劫で、言葉を使わなくても生きていける自信と技量と才覚のある人々にとって、学校というところは無意味なところです。*2  どうしても嫌な人は「それじゃ一八歳なんだから働いてください」ということです。
 […]つまり、学生である以上、「すべては言葉のために」ということです。どうしたらこの世の矛盾を説明でき、 どうしたらこの世の不正を暴くことができ、そしてどうしたらこの社会の改革を可能とするような運動を作り出せるか。そのためには「もっと言葉を!」です。 理由は「そこが大学だから」です。(pp.18-19)

*2――言葉を使うことを完全に拒否することがそもそも不可能であるから、近代社会には、そもそも学校に「行かなければならない」 という強制があるという問題については別の議論が必要です。

■社会の喪失と「私たち」のイメージの消滅と再考
 もし話せない理由が、こういう信頼感に関わる問題から発しているならば、そしてそのことが検証され、 たしかに「まともなことを言っても誰も取り合ってくれないこの世の中」という意識が私たちのコミュニティの老若男女にすっかり浸透していることが明らかになったら、 それを放置しておくと私たちはいとも簡単に自滅するでしょう。そういう最低限の信頼の気持ちがある程度の数に人間に共有されていない共同体は、 もはやコミュニティとは言えず「集住状態」という乾いた言葉で表現するほかないものです。*16[…]
 私たちが話せない理由があるとしても、話せる理由があるとしても、そこには「他者への最低限の信頼」を通じて得られる、 「私たち」というものの基本イメージを支える、それゆえ「政治」「経済」「思想」「文学」「芸術」といったすべてのことの基礎となる柱というものがあります。 他者への最低限の信頼をあるものとして、それだけを根拠に幻想のように存在しているものを私たちは「社会(society, community)」と呼びます。 もし最低限の信頼がなくなったなら、私たちは「私たちのイメージ」を作り直さなければなりません。もし「あのまっとうな感覚が他者から完全には失われていないはずだ」 と思えるなら、私たちはまだ「しゃべること」ができるはずです。(pp.105-106)

*16――大都会の単身者ばかりがワンルームに大量に住み、かつそのうちの半分が二年以内に移動するような街は、もはや街ではなく「寝る場所がたくさんあるところ」 です。東京という世界でも稀なほどいびつな都市の半分はそういうところです。つまり東京の半分は街ではありません。東京で生まれ育った私〔筆者――引用者注〕 が太鼓判を押しておきます。

■バカなしゃべりをし続けるとバカになる
 そして、(ここからが大切です)そういう言葉〔幼児語――引用者注〕以外を一切使わない人間の持つ味覚と嗅覚と触覚と人生観は、微妙な味や匂いや質感や、 豊饒なる食事を「言葉で表現する」ことで導かれるかもしれない、「食事―家族―生活―他者―社会―世界―人間―生と死」といったようなもののあり方について、 それを感じ、想像する感受性すら永遠に引き出されることなく、磨かれも育てられもせずに、眠るような人生となってしまう可能性があるということです。 幼児語だけを使うと人生が眠るのです。[…]ですから、逆も言えます。本当に優れた料理人は、ほぼ例外なく「美しい言葉」を使える人です。[…] 本当に優秀なアスリート、本当に優れた芸術家は「ちゃんとしゃべれる人たち」であることがほとんどです。イチローのインタビューからは 「ベースボールを超えたベースボールの話」がにじみ出てきます。[…]「豊かな内面を言葉にする」のではありません。 「豊饒な言葉を使うことで豊かな内面と世界を作り上げる契機が与えられる」のです。(pp.116-118)

■動き始めたサッカー協会
 サッカーは、バスケットや野球などと比べて、非常に大雑把なルールしか与えられていません。「手を使ってはいけない(ハンド)」 「ゴール前一番近くにいる味方にパスをしてはいけない(オフサイド)」「接触プレーの際は、ボール奪取という目的がはっきりした動きをしなければいけない (ファール)」の三つです。ということは、選手には相当の自由が与えられていて、とにかく九〇分間で相手よりも一つでもゴールを入れた方が勝ちです。 自由であるということは自立した精神と判断力が要求されるということです。刻々と変化する状況に対応しながら、 自分の判断で決定をしていかなければなりません。そうした自己決定を支えるものは、「論理力」と「表現力」と「状況説明能力」であって、そのためには 「自分の考えを言葉にする力」が決定的といっていいほど必要とされます。このような認識が、サッカーを超えてどれだけ私たちの社会に必要なのかは、 またあとでくわしく触れます。
 スポーツの指導者、とりわけ「世界水準」というものと徹底的に向き合っている人たちには、もうこの認識はかなり浸透してきています。しかし、残念なことに、 というか不思議なことに、この問題に気がつかないまま、大変な影響力を行使している人たちがいます。言うまでもありません。マスメディアのサッカー関係者です。 (pp.132-133)

■もっと言葉を
 作品〔≒レポート――引用者注〕を仕上げるというのは、別の言い方をしますと、世界の不完全情報という制約の下で、 自己表現の一回性という条件を踏まえて、「こうしよう!」と自己決定をすることです。どう評価されるかはギャンブルみたいなもので、 ギャンブルの良き結果を前提に何かを始めるのはおバカさんのやることなので、そんなことよりも大切なのは、自分が「こんなふうにしよう」 と決断した作品〔≒レポート――引用者注〕をまず自らが愛でるということです。そこで、本書を読んでくださっている方にお尋ねしたいのです。そもそも、 そうした自己決定を、人間は言葉抜きですることができるのでしょうか? 私からすれば、それはどう考えても不可能です。 だから、言葉なきところには自己決定は存在しません。ということは、言葉を用意していない人は「決定」ができないということです。 だから不思議ちゃん〔ここでは言語化しない人のこと――引用者注〕は「何だかよくわかんないし言葉にもできないけど、あたしっぽい」わけのわからないセンスや、 「こんな感じぃ」としか言いようがないと開き直ったような、本当はあまり意味のない「感性」などというものに寄りかかって、相変わらず「こんな感じってことでぇ」 とやってしまうのです。(pp.160-161)

■言葉で詰めて現実を共有して決定する
 事態の推移に曖昧に身を委ねるのではなく、変動し流動化する状況や環境の下で、それを与えられた条件として受け入れ、自分で判断し、主体的に働きかけ、 共に生きる共同体にとって最善の利益とは何であるかを「言語と身体」を通じて他者とコミュニケートし、合意を形成する努力のできる人間が一一人いることが、 強いサッカーチームに必要な世界水準の条件です。
 いま自分たちを取り囲んでいる状況は、つまり自分たちの「現実」はどういうものなのかについての判断は一一人いれば一一通りの可能性があります。ということは、 唯一の答えがない以上、何が「現実なのか」を、その解釈を詰めていかねばなりません。しかし、 そのためには判断するのに必要なインフォメーションを共有しなければなりません。つまり状況に対するイメージを共有するために、その解釈を共有するために、 「これが現実だ」とチームメイトに示してあげる者は、論理的に考え抜いた上で、エビデンス(証拠)を添えて、ほかのメンバーに提示しなければなりません。 そうする過程で、一一人の運命をゆだねる「次にはどうするのか」が決定されます。これは、各人が言語を「自覚して」使用しないとできません。
 こうしたことは、そっくりそのまま、すべて政治の話に当てはまります。政治をめぐって、そういうメンバー(私たち)がいてこそ、 私たちの社会のマネージメント(政治)は世界水準になります(まともな民主政治を維持できる相手として国際社会のメンバーに入れてもらえる)。 前節で、私〔筆者は政治学が専門――引用者注〕は繰り返し、「政治は現実を作るもの」だと強調してきました。政治リーダーにとって、 「これが現実である」という自己の認識は、ほかの政治メンバーとすり合わせてこそ支持を得られ、みんなで状況に立ち向かっていけます。 政治もサッカーも「現実の解釈を共有して合意を形成する」という点でまったく同じです。(pp.186-187)

◆岡田憲治 20101030 『言葉が足りないとサルになる――現代ニッポンと言語力』亜紀書房,223p,1600+税 ISBN-10: 9784750510200 ISBN-13: 978-4750510200  ASIN: 4750510203 [amazon]

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日経ビジネスオンライン:毎日1冊!日刊新書レビュー
経済って成長し続けなきゃいけないの?〜 平川克美『経済成長という病』 評者:澁川祐子
本 経済成長 GDP 不況

2009年5月22日(金)
評者:澁川 祐子

経済って成長し続けなきゃいけないの?
平川克美 『経済成長という病』 講談社現代新書、740円(税別)

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 先日テレビを観ていたら、35歳の団塊ジュニアを中心に積極的雇用政策を行った場合、20年後の経済成長(実質GDP)は現在と比べ5.7%増という試算がなされていた (5/6放送NHKスペシャル「“35歳”を救え〜あすの日本 未来からの提言」)。年に換算すると、0.3%程度の伸び率。かなり控えめな数字ではあると思うのだが、 それでも正直「絵に描いた餅」にしか思えなかった。
 もちろん若年層に向けて雇用政策を打つことに異論はないし、それによってこの不況を脱することができれば万々歳ではある。
 だが「救う」対象にぴったりハマっている今年35歳の私は、どんなに強力なカンフル剤があろうとも今後20年にわたって「プラス成長を支えていく」未来図は 描けなかった。バブルで「オイシイ」思いをしたこともなく、働き盛りの今「100年に一度の不況」に直面しているこの世代の一人としては、悲しいかな、経済成長が 永遠に続くと信じられるほど無邪気ではなくなってしまっている。
 同じ頃、「そもそも経済は成長し続けなければならないものか?」と問う本書を読んだ。これまで『株式会社という病』や『ビジネスに戦略なんていらない』などの 著作で、効率化や合理主義といった言葉に冷ややかな態度を取り続けてきた、ビジネス界の「考える人」が今度は「経済成長=進歩」という通念に斬り込んでみせる。

マイナス成長は自然の成り行き
 著者は「経済成長」を実質GDPの増加と定義したうえで、

〈文明化が一定の水準に達し、消費者の手元に必需品としての生産物がいき届いた時点で、需要は原則としては買い替えのための消費だけになるので、 経済は成長をすることを止めて均衡へと向かう〉

 と語る。さらに、その段階で人口が減少すれば総需要はさらに減少し、経済成長がマイナスに転じることも自然の成り行きだと説く。
 つまり、経済成長の鈍化、減少は〈社会が成長し、成熟し、やがて老化してゆくプロセスの中で露呈してくる社会現象の断面〉に過ぎないのだ、と。
 にもかかわらず、実際には、我々は過剰な消費を繰り返し、「金が金を生む」金融テクニックを駆使しながら、無理に経済を成長させようとしてきた。その帰結が 世界的な金融危機であったと指摘する。
 著者は、〈つい昨日までグローバル競争を勝ち抜くためにとか、レバレッジ投資戦略とかいうタイトルの本が並んでいた同じ場所に、正反対の論調の図書が並んでいる〉 光景を目にして、〈国際競争の勝利とか経済成長による繁栄とはかくも脆弱で、その間に跋扈した言葉もまた、なんと薄っぺらいものであったのか〉と洩らす。
 とはいえ、本書は「誰が」経済成長という病をはびこらせたのか、という犯人探しをするものではない。一貫しているのは、自身も含めこの時代に生きるすべての人が 経済成長という病に取り憑かれ、経済至上主義の片棒を担いだ加担者であったのではないか、という視点だ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090521/195398/

2/2ページ
 たとえば、2007年の建築偽装の問題。メディアはこぞって、経営者や建築士の倫理観の欠如を言い立てた。だが著者は、法を犯した経営者と我々の倫理観にどれほどの 隔たりがあったのだろうかと問う。
 許容基準ぎりぎりのところまで補強材を減らして利益を最大化した経営者は世間から賞賛されるが、同じようにコストダウンを目指して法律を破った者は糾弾される。 だとすれば、〈「法」の境界をめぐって、前者は「うまく」やり、後者は「下手」をしてしくじったというだけではないのか〉と手厳しい。
 同様に、グローバリズム、雇用問題、秋葉原の殺人事件といったさまざまな昨今の事象を注意深く辿り、経済成長至上主義が我々にどのような心理的影響を与えたかを 模索する。
 病に対する決定的な処方箋は、最後まで提示されない。ただ著者は考え、逡巡する。その姿を提示してみせることで、読者に立ち止まることを促し、これからは一人 ひとりが地に足のついた未来図を描こうよ、と呼びかけて本書は終わる。

「自然な流れ」と割り切れないもどかしさ
 確かにこの数年間、GDPの伸びた分だけ我々の社会全体が幸せになったかといえば、甚だ疑問だ。「勝ち組」「負け組」という言葉が流行り、多くが「勝ち」を目指して 争った結果、この不況でほぼ全員が「負け」にまわってしまった感もある。効率主義と合理主義に支配された社会の居心地の悪さは、ひしひしと感じている。
 だが、とも思う。経済成長の伸びは以前ほど期待できないとわかってはいても、はたして現実に「経済のマイナスは、社会の成長ゆえの自然な流れ」とまであっさり 割り切れるものだろうか。
 人は希望がないと、上を向いて歩いていくことができない。そして、たいていの人が今年は去年よりちょっといい暮らしをしたい、とささやかな望みを持っている。
 もちろん著者は欲望を持つこと自体を否定はしていない。ただし、欲望はあくまで「控えめ」に持つべきだと語る。とはいうものの「控えめ」によりよい暮らしを 求めることと、もっとお金を儲けたいという欲望に駆られることの線引きはいったいどこにあるのだろうか。さらにマイナス成長を受け入れたとて、生活の縮小を余儀 なくされるのは、結局のところ末端の者からなのではないか。そうしていま以上に格差が広がっていくならば、人は希望の置き場所をどこに据えたらいいのだろうか。
 本書を読み終えて2週間。経済成長神話を信じ続けることもできず、かといって葬り去るこもできない。いまだに頭のなかは整理されていない。
 考え込んでいるうちに、今年1〜3月期の実質GDPがマイナス4.0%、年率換算15.2%の戦後最悪を記録、というニュースが飛び込んできた。現実は思考をはるかに上回る スピードで変化している。現実にひきずられる形で、我々が経済成長神話を手放さざるを得ない日も案外近いのかもしれない。
(文/澁川 祐子、企画・編集/須藤 輝&連結社)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090521/195398/?P=2

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日経ビジネスオンライン:ニュースを斬る
外国人労働者 介護 看護 インドネシア 厚労省 フィリピン

2009年5月29日(金)
出井 康博

どこへ行く、外国人介護士・看護師−上
ホステス代わりにされたフィリピン人介護士
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 約1年前の2008年5月22日、東京・築地の国立がんセンターに介護施設の関係者が押し寄せていた。同年8月上旬に迫ったインドネシア人介護士などの受け入れを前に、 厚生労働省傘下の社団法人「国際厚生事業団」(JICWELS)の主催で説明会が開かれたのだ。
 5月ながら気温30度という暑さの中、会場には定員を超える300人以上が集まり、立ち見が出るほどの盛況だった。介護現場では人手不足が深刻化していた。 そこに政府が外国人介護士などの受け入れを決めたことで、彼らに“救世主”を期待する声が高まった。
 あれから1年――。関係者の熱気はすっかり冷めてしまっている。

現場は人手不足、でも外国人介護士は嫌われる
 インドネシアからの介護士などの受け入れは、日本が同国と結んだ経済連携協定(EPA)に基づくものだ。当初の2年間で600人の介護士に加え、 400人の看護師の受け入れが決まっていた。
 その第1陣として、昨年8月、介護士300人と看護師200人が来日する予定だった。しかし、日本の施設や病院に受け入れられた介護士と看護師の人数は、 いずれも定数を下回り、介護士に至ってはわずか104人に留まった。介護施設が受け入れに二の足を踏んだのが原因だ。
 日本はフィリピン政府との間でも、EPAの枠組みでインドネシア人と同数のフィリピン人介護士と看護師を受け入れることで合意している。
 今年5月10日には、インドネシアから9カ月遅れてフィリピン人の受け入れが始まったが、その数は介護士が188人、看護師が92人。インドネシア人と同様に、 定数を大きく割り込んだ。
 その原因は、外国人介護士・看護師を受け入れたいと手を挙げる日本の施設が昨年同様に、少ないからだ。このままでは、両国と取り決めた2年間での受け入れ数が 達成できそうにない状況だ。
 昨年秋から急速に進んだ不況によって失業者が急増した。それでも介護現場の人手不足は解消していない。有効求人倍率は今年3月時点で0.52倍まで落ち込む中、 介護関連職に限っては1.73倍に達している。
 日本人の働き手がいないのだから、外国人に頼ろうとする施設がもっとあっても不思議ではない。にもかかわらず、なぜ外国人介護士は嫌われたのか。

行政が作る障壁
 外国人介護士の受け入れが、官僚機構の利権になっていることは、本コラムの1月29日付の記事で書いた。斡旋を独占するJICWELSは、手数料や管理費など外国人1人に つき約16万円の収入を得る。半年間の日本語研修を担うのは、経済産業省や外務省の関連機関だ。いずれも官僚の天下り先になっている機関である。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090526/195767/

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 受け入れには初年度だけで20億円近い税金が使われる。もちろん、税金が天下り先に流れようとも、受け入れが現場にとって有益ならば問題はない。だが、 施設側にとってのメリットはあまりに乏しい。
 施設が負担する費用は1人の受け入れにつき、JICWELSへ支払う手数料や日本語研修費で60万円近くに上る。しかも半年ほどの日本語を勉強するだけでは、 現場の即戦力にはならない。それでも給与は日本人と同等に支払う必要がある。
 また、外国人介護士は日本で仕事を始めてから3年後、介護福祉士の国家試験を日本語で受け、一発で合格しなければ母国へと戻されてしまう。介護福祉士の試験は、 日本人でも2人に1人が不合格になる難関だ。外国人が仕事の合間に勉強して合格できるようなものではない。
 受け入れ施設としては、せっかく一人前に育てた人材を短期間で失ってしまう。これでは施設のみならず、外国人介護士からサービスを受ける利用者のためにも ならない。
 それにしても、なぜこの時期に「外国人介護士」の受け入れだったのか。

小泉チルドレンの介護士たち
 EPAで来日する外国人介護士たちは“小泉チルドレン”と呼べる存在だ。
 彼らの受け入れは、自民党が「郵政選挙」で大勝した翌年の2006年秋、小泉純一郎首相(当時)とアロヨ・フィリピン大統領がEPAに合意し決まった。そして翌2007年、 安倍晋三政権(当時)の下、インドネシアとの間で同じく介護士らの受け入れを含むEPAが締結される。
 ただし、政府にはビジョンなどまるでなかった。EPAで他案件の交渉を有利に進めようと、フィリピン側が求めた介護士受け入れを認めただけなのだ。
 2005年以降、日本はフィリピン人ホステスに対する興行ビザの発給を事実上停止した。米国から「人身売買の温床」との批判が出たからだ。その結果、年に10万人近く 来日していたフィリピン人女性が出稼ぎの手段を失った。
 出稼ぎの送金に依存するフィリピン経済にとっても影響は大きい。つまり、介護士の受け入れには、来日を制限したホステスの“代わり”という意味もあった。
 介護行政を統括する厚労省にとっては寝耳に水である。同省は外国人労働者の導入に消極的だ。何とか彼らの就労長期化を阻止したい。
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 そこで国家試験合格といった実質不可能な条件を設ける一方、JICWELSを通しての利権確保も図った。介護現場の状況などはなから関係なく、国家としての戦略も あったものではない。

採用するにも集団面接しか許さない行政
 こうした事情が施設側に伝わって、一時は盛り上がった外国人介護士への期待も急速にしぼんでいく。そんな中、大阪府池田市の社会福祉法人 「池田さつき会」では、4人のフィリピン人介護士の受け入れを決めた。その理由を村上隆一事務長はこう話す。
 「将来に向けた先行投資です。介護の現場は、やがて外国人の方に頼らざるを得なくなる。早くから受け入れ、経験と実績を積んでおきたかった」
 池田さつき会は、決して安易に外国人介護士に頼ろうとしているわけではない。今年4月には新卒者30人の採用を試みたが、集まったのは17人だった。
 中途採用で補おうと、ハローワークから30人の求職者を紹介してもらったが、採用に至ったのは2人に過ぎない。行政は“派遣切り”された失業者を介護現場に 送り込もうとしているが、介護の仕事は日本人なら誰でもできるというわけではないのだ。
 もちろん、4人ものフィリピン人を採用するのは大きな決断だ。日本に送り出す介護士の選考は相手国側に委ねられ、日本語能力も来日の条件になっていない。 事前の顔合わせも、JICWELSは簡単な集団面接しか許さない。施設にとっては、優秀な人材に当たるかどうかは運頼みである。
 だが、池田さつき会の場合、候補者と個別に面接を重ねていた。しかも皆、1年以上にわたって日本語を学んできた人材である。なぜ、同会に限ってそんなことが 可能だったのだろうか。(次回に続く)
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2009年6月5日(金)

どこへ行く、外国人介護士・看護師−下
優秀なフィリピン人看護師が来日できない

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 日本政府はインドネシアとフィリピンの両国政府と経済連携協定(EPA)に基づいて、両国からそれぞれ2年間で合計600人の介護士と、400人の看護師を受け入れることを 決めた。昨年8月にはインドネシアから第1陣が来日し、今年5月にはフィリピンからの受け入れも始まった。
 介護や看護の現場は不況にもかかわらず、有効求人倍率は1倍を上回る人手不足の状況だ。にもかかわらず、介護施設などではEPAに基づいて来日した外国人の受け入れに、 二の足を踏むところが多い。
 彼らを受け入れるには、半年間の日本語研修費用の負担や、事前に候補者と個別に面接をすることが許されないといった制約があるからだ。こうした状況の中で、 優秀な外国人介護士を積極的に受け入れようとしている施設がある。大阪府池田市にある社会福祉法人「池田さつき会」だ。

4人の来日と日本人ビジネスマン
 同会は今年、4人のフィリピン人介護士の受け入れを決めた。4人は皆、1年以上にわたって日本語を勉強し、さらに日本式の介護の研修も受けてきた者ばかりだ。 同会は候補者と面接も重ねていた。
 EPAによる外国人介護士らの受け入れでは、日本語能力は来日条件になっていない。来日後に半年間、日本語研修を受けるだけで就労が始まる。事前の面接も許されない はずだが、なぜ池田さつき会には可能だったのか。それは現地で日本に派遣する介護士の養成に取り組んでいる日本人ビジネスマンとのコネクションが、池田さつき会には あったからだ。
 その日本人ビジネスマンは、介護関連の支援サービスなどを手がけるN.T.トータルケア(本社・大阪市)の高橋信行社長だ。高橋社長はフィリピンで長年、 電子部品工場を経営するかたわら、かつて米軍基地があったことで知られるスービックに2005年、日本人高齢者向けの長期滞在施設「トロピカル・パラダイス・ヴィレッジ (TPV)」を開設する。
 TPVを訪れる日本人高齢者への介護を通じ、日本へと派遣するフィリピン人介護士を養成するためだ。年によっては10倍を超す応募者を高橋氏自身が面接し、 毎年20人程度を採用する。そして日本語研修を施した後、TPVに配属。給料を支払い、研修を積んでもらう。その扱いは、まさに“金の卵”である。

使い捨てを恐れ看護師資格者の派遣に二の足踏む
 ただTPVから日本へのフィリピン人介護士らの派遣は、スムーズには進まなかった。当初、早ければ2007年秋と見られた送り出しの開始は、フィリピン上院がEPAの批准を 拒否したことで遅れた。その結果、多くの人材が高橋氏の下から去っていった。中には、日本行きをあきらめ、条件の良い米国やカナダに行った人も少なくない。
 ようやく日本側の受け入れが実現したことで、高橋氏はTPVに残った介護士の中から、22人を日本に派遣することを決めた。その手順としてEPAのスキームでは、 送り出し実務を担うフィリピン海外雇用庁(POEA)の審査を経なければならない。
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 そこで落とし穴が待っていた。22人のうち、15人が書類審査で落ちてしまったのだ。15人の中には、来日していれば日本語研修が免除された日本語能力試験2級の 合格者も含まれていた。さらに驚くべきは、落選した人材が皆、看護師の有資格者だったことだ。フィリピン政府はなぜ能力のある人材の派遣を拒んだのか。
 N.T.トータルケアの高橋氏は言う。
 「フィリピン看護協会などは、自国の看護師が介護士として日本に行き、短期間で使い捨てられることを懸念しています。その意向を受けたPOEAが、看護師資格を 持って介護士に応募してきた人を除外してしまった」
 フィリピンでは、看護師のステータスは日本にも増して高い。賃金の高い欧米諸国で仕事に就けるチャンスも多く、優秀な人材が集う職種となっている。 こうした事情に鑑み日本側も、看護大学の卒業者が介護士として入国することを認めた。高橋氏も看護師の資格を持った人を優先的にTPVで採用してきたが、 それが裏目に出てしまった。

短期出稼ぎ目的の介護士がいる場合もある
 結局、当初予定していた22人中7人しか来日は認められなかった。7人は看護師の資格を持っていないが、4年生の大学を卒業し、介護士の資格を持っている。 EPAによるフィリピン人介護士の受け入れ条件は、看護大学の卒業生か、4年生大学卒の介護士資格保有者のいずれかになっているためだ。ただ、フィリピンの場合、 介護士の資格は半年ほどで取得でき、ステータスも看護師よりもずっと低い。
 EPAで受け入れる外国人介護士は、入国から4年以内に介護福祉士の国家試験に合格しなければ帰国しなければならない。来日したフィリピン人介護士は、平均年齢が 30代半ばで、過去に海外でメイドなどとして就労した経験のある人も多く含まれる。日本で真剣に国家試験合格を目指すというより、短期の出稼ぎ感覚で来日する介護士が 多いのではないか、と高橋氏は見る。こうした中で日本の施設が意欲のあるフィリピン人介護士を雇うには、フィリピンでの実績や来日目的を面接などで十分に確かめる 機会が必要だ。
 だが、EPAのスキームでは、日本の施設側が人物を見極める機会は極めて限られている。昨年のインドネシア人介護士の受け入れでは、施設と候補者の顔合わせは事前に 一切許されず、匿名データを基に就労先と採用希望者を選び合った。
 今回のフィリピン人に関しては、集団面接が実施され、互いの名前やプロフィルも公開された。だが、簡単な集団面接程度では、個人の資質まで判断することは難しい。 池田さつき会も集団面接には参加せず、高橋氏の人材と別途個人面接を行ない、POEAの審査を通った7人から4人を採用したのである。
 池田さつき会の村上隆一事務長は、「高橋さんとの関係がなければ、今回の受け入れはなかった」と話す。プロフィルや簡単な集団面接だけで外国人介護士を採用する など、施設にとってはあまりにリスクが大きいのだ。

悪質ブローカーが介在する可能性も
 池田さつき会は、高橋氏の会社に対し、毎月決まった手数料を支払う。他のフィリピン人介護士を受け入れる以上にコストはかかるが、人材の質を優先した。ただし、 このシステムには、悪質なブローカーが介在してしまう可能性がある。
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 ブローカーが前もって施設と話をつけておけば、自ら抱える人材をEPAのスキームで日本に送り込むことができる。そこに悪質なブローカーが目をつければ どうなるか。
 例えば、日本でホステスとして働いた経験のあるようなフィリピン人女性に母国で介護士の資格を取らせる。前述したようにフィリピンで介護士の資格は、 半年ほどの講習を受ければ簡単に手に入る。そしてPOEAを通じ日本へと派遣した後、受け入れ施設から失踪させ、よりカネの稼げる夜の仕事を斡旋する。
 2005年以降、日本が「興行ビザ」の発給を実質的に止めたことで、フィリピンにはホステス派遣の仕事を失ったブローカーが溢れている。そうした連中が、 EPAを悪用しないとも限らない。事実、高橋氏の会社のウェブサイトからフィリピン人介護士の写真を無断で使い、施設に人材の売り込みに来るようなブローカーも 出始めている。
 では、どうすれば日本と送り出し国双方が満足するスキームができるのか。

20億円の費用を半減することも可能に
 まず求められるのは、日本政府のイニシアティブだ。政府が先頭に立ち、派遣国の看護学校などと提携し、日本へと送り出す介護士や看護師の養成コースを設立する。 つまり、高橋氏の取り組んできたプロジェクトを国家レベルで実行するのだ。
 そこで日本語に加え、日本式の介護や看護の研修も行う。その後、一定のレベルに達した人材を施設が面接し、採用が決まれば入国を許可する。日本側による人材育成は、 送り出す国にとっても望ましい。
 研修にかかる費用は日本政府が負担する。介護士らの受け入れでは、初年度だけで20億円近い税金が使われた。だが、高橋氏によれば「現地で教育すれば、日本から 日本語教師を派遣しても、半分以下の費用で同程度以上の研修が可能」だという。日本語能力を身につけて来日すれば、即戦力として仕事ができるし、国家試験合格への 関門を1つクリアできる。
 だが、そのためには日本側の“意志統一”が不可欠だ。介護現場には外国人介護士への期待は高いが、厚労省は「受け入れは人手不足解消のためではない」との スタンスを崩していない。本来は官民一体となって取り組むべき国家プロジェクトが、呉越同舟の状態ではうまくいかないのも当然だ。
 今後、少子高齢化はさらに進んでいく。それでも介護現場は、あくまで日本人だけで支えていくのか。それとも、外国人介護士の力が必要なのか。外国人を入れるなら、 どれだけの人を、どういった資格で入国させるのか。そして、どうすれば優秀な人材が集められるのか――。
 外国人介護士の受け入れは、そうした根本的な議論もなしに始まった。その結果、喜んでいるのは、人材の斡旋や日本語研修の利権を得た官僚機構だけなのである。
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◆出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト。1965年岡山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社、「ザ・ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題のシンクタンク 「政治経済研究ジョイント・センター」の客員研究員を経て、独立。主な著書に『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、 『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社)などがある。また日経ビジネス2002年9月30日号コラム「ひと烈伝」でヨシダソースで有名な 米ヨシダグループの吉田準輝会長を寄稿、現在「フォーサイト」(新潮社)で「2010年の開国・外国人労働者の現実と未来」を長期連載中。

◆ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、 その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

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■注記
「薬害肝炎の被害者全員が救済される」
 上記は不適切な表現である。2008年1月に成立した「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第\因子製剤によるC型肝炎感染被害者を 救済するための給付金の支給に関する特別措置法」(以下、C型肝炎特別措置法)は、いわゆる薬害C型肝炎訴訟の原告を対象としており、それ以外のC型肝炎患者は 対象としていない。つまり、同じC型肝炎患者でも何らかのかたちで「救済された」人と「救済されなかった」人が存在する。
 この問題については、以下の拙稿、

◆2008/02/01 「C型肝炎特別措置法の功罪」  『現代思想』36-2(2008-2):143-147(特集:医療崩壊――生命をめぐるエコノミー)
◆2008/10/10 「C型肝炎特別措置法に引き裂かれる人たち」 山本 崇記・北村 健太郎編  『不和に就て――医療裁判×性同一性障害/身体×社会』:69-70.生存学研究センター報告3,199p.  ISSN 1882-6539 ※
◆2008/11/01 「救済する法=引き裂く法?」  『現代思想』36-14(2008-11):238

 を熟読し、本当の意味での「救済」とは何か、よく考えること。関連資料を「C型肝炎特別措置法アーカイヴ」として集積している。

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