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大西 巨人

おおにし・きょじん


作家

◆公式ホームページ 「大西巨人/巨人館」
http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/kyojin.htm

◆哲学の劇場 大西巨人
http://www.logico-philosophicus.net/profile/OnishiKyojin.htm

◆略歴
 1919年福岡市生まれ。九州帝国大学法文学部中退。毎日新聞西部本社勤務を経て、対馬要塞重砲兵連隊の一員として敗戦を迎える。 戦後、福岡で雑誌『文化展望』の編集に当たり、『近代文学』第二次同人となる。48年、『精神の氷点』『白日の序曲』を発表。52年、上京。 以後、幅広い創作活動を続けている。

以上「大西巨人/巨人館」より

◆主な著書
1960 『神聖喜劇』雑誌連載開始
1973 『時と無限』(創樹社) 大西赤人との共著
1980 『神聖喜劇』完結(光文社文庫)
1993 『三位一体の神話』上・下(光文社文庫)
1995 『迷宮』(光文社文庫)
1996 『春秋の花』(光文社文庫)


■『迷宮』(光文社文庫 P35−38)

 「泣き面に蜂」、「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」などの言葉がある。「泣き面」または「踏んだり」または「弱り目」の出血性体質者(血友病《ヘモ フィリア》者)にとって、止血のための血液製剤開発・供用は、「蜂」または「蹴ったり」または「祟り目」の重大間題エイズ――日本において、その責任は、もっぱら 国家・厚生省ならびに製薬会社にあった、――を結果した。ヘモフィリアによる症状発生が幼年期および少年期に頻繁にして重態である、というのは、医学上の定説だが、 文成の幼・少年期と血液製剤の開発・供用期とは、ぴったり重なっていた。
 それだから、文成のような年齢のヘモフィリア者、今日三十歳前後のヘモフィリア者は、たとえば今日六十歳前後のヘモフィリア者にくらべて、一般的にHIV〔エイズ ウイルス〕感染の公算が大きいのではないか、というのが、春田の推測ないし危惧だった。そういうことに関する医学的な統計についても、またそもそもそんな統計が実際 に行なわれたかどうかについても、知らぬまま、そのような推測ないし危惧に立って、春田は、「路江さんは、旅人さんに死に別れての淋しい孤立的な心境から、文成君と エイズウイルス感染との関係を今更いっそう心配して、それで『様子が、なんとなく変』と知世さんたちに感じさせるようなことになったのじゃあるまいか。」と知世に 質疑した。
 「それは、ないでしょう。」春田の言下に、知世は、それを否定した、「エイズのことが問題になった初めのころ、伯母が伯父さまとともに心痛したのは、事実でしょう が、母の話では、文成さんは、エイズのいわゆる『キャリア〔感染者〕』ではなく、それにまた、なおエイズという病気には未解明・未解決の点がいろいろあるとはいえ、 もう加熱処理済みの安全な血液製剤が日本の血友病患者たちに投与され始めてこのかた六、七年が過ぎたし、加うるに、文成さんはエイズ関係では今日まで無事に来たの だから、そのことで路江伯母の『様子が、なんとなく変』に殊更なるはずはない、とのこと。私も、そう思います。……血友病患者が血液製剤のせいでエイズになることは、 なにしろもはやなくなっているのですから。」
 「そうだね。……君のお母さんや君がそう言うのなら、それはそのとおりだろう。……これは当面の問題とは別だが、――加熱処理によって、血液製剤からのHIV感染 は、もう新しくは生じない、ということは、とてもけっこうな成り行きだ、とむろん僕は考える、――しかし、エイズ間題と離れても、ヘモフィリアが、難病で、ヘモ フィリアの人間が、とかく差別・偏見の対象になる、という問題は、相変わらず未解決なんだ。」
 「あぁ、それは、そうだわ。」知世は、いささか虚を衝かれたとみえた、「なんだか血友病に関するすべてが解決したような錯覚に、私は、おちいっていたようです。」
 「そういうこと。」春田は、さもありなんというように、うなずいた、「こんな場合、一般的に、そんな錯覚が、人々の心を支配しがちだね。それだから、国家社会は、 血液製剤からのHIV感染者一般にたいする補償とともに、ヘモフィリアの根治または克服、患者のための福祉および医療、患者にたいする差別ないし偏見の除去、―― それらのために大努力をすることの必要を改めて確認するべきだ。加熱製剤による“ヘモフィリアとエイズとの無関係”実現で、何かヘモフィリアそのものの難問題がもう すっかり解決解消したかのような思い違いが広まって、差別ないし偏見の未解消未解決も福祉および医療の不足不十分もそのままに捨て置かれるようなことになりはしない か、と僕は恐れる。……だが、それは、目下の、ここでの問題ではないようだ。知世さんの話の先を聞きましょう。」


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