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chapter3 児童福祉の理念を理解する

3-3 子どもと家庭の権利保障を理解する


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last update:20210509

1.子どもの権利とは

(1)子どもの権利について考える
いちばん悲しいときは
気持ちがわかってもらえないとき

いちばんうれしいときは
気持ちが通じあえたとき(1)

 世界では、戦争・貧困・栄養不良・病気・不衛生・人身売買などの様々な理由によって、子どもたちのかけがえのない生命や健康、発達保障の権利が脅かされ続けている。 日本でも、子どもたちへの暴力、不充分な家庭養育、いじめなどが社会問題となっている。特に今日では、児童虐待の問題が社会全体に強く認識され、 緊急かつ適切な対応を迫られている。
 保育士を目指すみなさんは、「子どもの権利」が侵害されている現実を直視しつつ、「子どもの権利」の保障し、子どもたちの自己実現へ向けた保育をしていかなくては ならない。それは「子どもの気持ち」を大切にすることから始まる。子どもの権利に関係する代表的な法律・宣言である日本国憲法、児童福祉法、児童憲章の内容を確認し、 子どもの権利条約の特徴と概要を理解するとともに、「子どもの気持ち」を大切にする保育について考えていこう。

(2)子どもの権利と法律、宣言
1 日本国憲法(1946(昭和21)年制定)

 日本国憲法は、「国民主権」「平和主義(戦争放棄)」「基本的人権の尊重」を三大原則としている。なかでも、憲法第13条と第25条は、子どもと家庭の福祉、 広くは社会福祉の基本的な権利を定めている。

憲法第13条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、 最大の尊重を必要とする。

憲法第25条
 1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 第13条は、大人と子どもの区別なく、国民一人ひとり個人として「幸福追求権」を持ち、かつ尊重されることを明示している。
 第25条1では、「健康で文化的な最低限度の生活」は、人間らしく生きるための基本的権利であることを明確にした。2では、1の人間らしく生きる権利を保障するために、 国は、国民に対して責任を持ち、生活に深く関わる社会福祉や社会保障、公衆衛生の向上に努める義務があることを明記している。

2 児童福祉法(1947(昭和22)年制定)
 児童福祉法では、第1条で子どもの「心身ともに健やかに育成され、生活を保障され、愛護される権利」を明確にした。子どもと家庭の福祉の基本的な考え方が 示されている。これに続く第2条では、国および地方公共団体は児童育成の責任を負うことを明示し、第3条では第1条の「心身ともに健やかに育成され、生活を保障され、 愛護される権利」と第2条の「公的責任の明示」の二つを児童福祉の原則とし、尊重されなければならないことを確認している。

3 児童憲章(1951(昭和26)年宣言)
 児童憲章は、すべての児童の幸福を図るために、児童の基本的人権を社会全体が自覚し、その実現に努力する目的でつくられた。児童憲章は、1959(昭和34) 年の国連の児童権利宣言に先立つものであり、戦後日本の子どもと家庭の福祉を向上させようとする熱意が感じられる。


2.子どもの権利条約の意義と子どもと家庭の福祉への影響

(1)子どもの権利条約が採択されるまでの長い道のり
 1989年11月20日、国際連合は「子どもの権利条約」を採択した。子どもの権利条約の大きな意義は、子どもの権利を人権として法的・行政的に保障することを 条約締結国に対して法的に義務づけたことにある。「子どもの権利条約」採択までの歴史的経過からも分かるように、多くの子どもたちが戦争などの社会の犠牲に なってきた。これらの悲しい歴史を重く受け止め、「子どもの権利」は長い道のりを経て宣言から条約へと発展してきたのである。
 条約とは、国家と国家の文書による契約をいい、憲法に定める手続きを経て国内法としての効力を持つ。条約は憲法に準ずる法的拘束力を持ち、 条約の理念に沿って国内法を整備することが義務づけられている。子どもの権利条約に反する事態に対しては、速やかに解決・改善する努力が要請されている。

(2)子どもの権利条約の要点と概要
1 子どもの権利条約の要点

 子どもの権利条約の要点は、第一に、子どもを「人権の主体」として認識し、その権利を保障すること。特に、子どもの「意見表明権」(第12条)が規定され、 「子どもの最善の利益」(第3条)の確保を目指している点は重要である。第二に、子ども特有の「保護され、支援を受ける権利」の充分な保障を目指していること。 子どもが社会の犠牲となってきた歴史を踏まえている。第三に、子どもの「意見表明権」の実効性を担保するために、子どもの権利を保障する親の第一次的責任 (第18条)を定めていること。第四に、各国の協働の努力によって、子どもの権利の保障と実現を「地球規模」で目指していることである(2)。

2 子どもの権利条約の概要
 子どもの権利条約は、おおまかに、子どもの「権利主体としての尊重」と「成長発達に必要な保護や支援の保障」から構成されている。

◇子どもが権利主体として尊重される権利
 第2条「差別の禁止」、第3条「最善の利益」、第12条「意見表明権」、第13条「表現の自由」、第14条「思想・良心・宗教の自由」、第16条「プライバシーの権利」 など。

◇子どもが成長発達に必要な保護や支援の保障を受ける権利
 第6条「子どもの生存発達の確保」、第18条「親による子どもの養育の第一義的責任」、第19条「親による虐待、放任、搾取からの保護」、第20条 「家庭環境を奪われた子どもの保護」、第21条「養子縁組」、第22条「難民の子どもの保護・援助」、第24条「健康、医療への権利」、第28条「教育への権利」、 第31条「充分に遊び、休息する権利」など。

 子どもは、一人ひとりがかけがえのない存在であるが、大人に向けて段々と成長発達している最中であり、大人と同じ権利を持っていても、まだそれをうまく 使うことができない。そこで、子どもが権利を使うときには、大人の手助けが必要である。例えば、第20条「家庭環境を奪われた子どもの保護」には、 里親制度による保護も含まれる。里親制度による保護は、児童福祉法に18歳までと定められているが、18歳以降の子どもの権利擁護を誰が担うのかは、 必ずしも明確ではない。「親が行方不明になっている場合でも、子は親権者がいないと、契約や権利擁護で何の手だてもなくなってしまう。社会的擁護が必要な 子どもにとって、法の壁はとても大きい問題」(3)と指摘されている。子どもに対する大人の保護や支援は、子どもの「最善の利益」を考えたものでなくてはならない。

3 子どもの「最善の利益」と「意見表明権」
 子どもの権利条約では、第3条「最善の利益」(Best Interests)と第12条「意見表明権」(The Right to Express These Views)が最も重要であり、 子どもと家庭の福祉にも深く関わっている。
 第3条「最善の利益」で使われている"Interest"には、「興味・関心」という意味がある。したがって、子どもと家庭の福祉では、子どもの「最大の興味」 「最大の関心」と訳すほうがより適切な場合がある(4)。また、第12条「意見表明権」で使われている"Views"は、単に「意見」というよりも、子どもの成長発達を 踏まえた子どもたちの将来への展望を含んでいる(5)。保育士をはじめとする子どもと家庭の福祉に携わる専門職は、特に留意したい点である。


(3)子どもの権利条約を保育に生かすために
1 子どもの発する願いや思いを聴く

 子どもの権利条約を保育に生かすために、忘れてはならないのは「子どもの気持ち」を大切にすることである。
 子どもの権利条約の精神を生かした保育では、子どもの「最善の利益」つまり「最大の興味・関心」に応じた保育の創造が求められている(6)。子どもの 「意見表明権」の意義を確認しつつ、毎日の保育をすすめていく必要がある。
 子どもの気持ちを大切にする第一歩は、子どもの発するいろいろな願いや思いをきちんと「聴くこと」である。子どもの「意見表明権」の意義は、子どもには 「願いや思いを自由に出しながら大きくなる権利」があり、大人には「子どもの願いや思いと真剣に向き合う義務」があることが確認されたことである。親や保育士など 身近で子どもの世話をする大人は、たとえ「ねぇ、あのね……」という呼びかけであっても、それを無視したり、最初から拒否してはならない。子どもは「意見表明権」 つまり「大人に呼びかけ、向き合ってもらう権利」を使って、大人にきちんと関わってもらうことで自分らしく成長していく。だからこそ、この「意見表明権」は、 子どもの権利の中でも特に大切なものであり、大人に愛されながら成長する権利である(7)。
 様々な社会問題が子どもたちを取り巻く今日、子どもの気持ち、子どもの一言に耳を傾け、しっかりと聴くことのできる保育士、子どもの世話をする大人が増えることが 求められている(8)。

2 子どもに対する大人の役割と責任
 子どもの権利条約は、子どもを権利主体として尊重するだけでなく、成長発達の最中にある子どもに対して、必要な保護や支援の積極的な保障を目指している点に 特色がある。例えば、第18条「親による子どもの養育の第一義的責任」では、親が子どもの「養育及び発達についての第一義的責任を有する」と定め、各国は親の養育に 対して必要な援助の確保を要請している。第19条「親による虐待、放任、搾取からの保護」では、「あらゆる形態の身体的、もしくは精神的な暴力、傷害もしくは虐待、 放置もしくは怠慢な取扱いまたは搾取(性的虐待を含む)」があった場合には、周囲の大人があらゆる方法を使い、責任を持って子どもを保護することが定められている。 子どもが虐待や暴力などの困難に遭っているとき、まず周囲の大人がすべきことは、子どもの話を「聴くこと」である。このとき、子どもの複雑な「気持ち」 に安易に同情するのではなく、「そうなんだね」「それはつらいよね」と共感しつつ聴くことが重要になる。つらい思いをしている子どもは、そのように心をこめた 聴き方をする大人にしか、心を開かないからである。大人一人ひとりが、子どもが「言える誰か」という環境になることが、大人の役割であり、責任である。(10)第42条 「条約の広報義務」では、条約の内容を「成人及び児童のいずれにも広く知らせることを約束」しており、大人は子どもに対して、子どもが子どもの権利を持っている ことを分かりやすく伝える義務があることを明記している。
 子ども特有の「保護され、支援を受ける権利」は、子どもの権利条約採択以前にも、児童福祉法では「心身ともに健やかに育成され、生活を保障され、愛護される権利」、 児童憲章では「よい環境のなかで育てられる権利」として明記されてきた。しかし現在でも、戦争・不衛生・人身売買などによる子どもたちへの人権侵害が世界で 続いており、日本でも児童虐待など家庭内に起こる問題が深刻化している。このような社会的背景から、親が子どもに対する適切で充分な養育をしていける社会的な 支援体制の構築が求められている。特に保育士は「子育て支援」事業を推進していく役割が期待されている。子どもと家庭を取り巻く現実が複雑になっている今日だが、 だからこそ常に「子どもの気持ち」を大切にするという基本に立ち返って、子どもの権利条約の精神を生かした保育をしていかなくてはならない。
 子どもが安心して成長発達していける社会環境を保障することは、大人の責任である。児童福祉法や児童憲章、子どもの権利条約は、子どものことを述べている だけではなく、大人に大きな課題を投げかけ、子どもに対する大人の役割と責任を問うものであることを忘れてはならない。

自分の気持ちを、だれかに話して聞いてもらうのは、大切なことだ。
でも、聞いてくれない人には、話すことができない。しっかり聞いてくれる人が、たくさんできるといいのにね。

あなたは、友だちの気持ちをしっかり聞いてあげられるかな。
あなたも、人の気持ちを聞ける人になってね(11)。




専門用語:生存権
 憲法第25条は、一般的に「生存権」と言われ、「生命の保障」を規定したものである。社会福祉に関わる基本的かつ重要な権利とされる。

関連年表:「子どもの権利条約」採択までの歴史的経過
1914年〜1918年
第1次世界大戦
1919年
国際連盟設立
1924年
国際連盟「児童の権利に関するジュネーヴ宣言」
1939年〜1945年
第2次世界大戦
1945年
国際連合設立
1948年
国際連合「世界人権宣言」
1952年
第1回子どもを守る国際会議
1951年
日本、「児童憲章」宣言
1959年
国際連合「児童権利宣言」
1978年
ポーランド、国連人権委員会に「子どもの権利条約」草案を提出
1979年
国際児童年
1986年
国際連合「国内及び国際的な里親委託及び養子縁組をとくに考慮した児童の保護及び福祉に関する社会的及び法的原則についての宣言」を採択
1989年11月20日
国際連合「子どもの権利条約」を採択

補足:児童労働
 子どもが貧困、紛争などを理由に働く、あるいは働かされること。鉱山での採掘作業など有害で危険な仕事をする子どもが多い。子どもが人身売買の業者にだまされ、 国境を越えて売られることもあるため、各国の協働の努力によって解決しなければならない問題である。

専門用語:親権
 p.140(chapter6,6-7)の解説欄参照。

補足:訳語の問題
 子どもの権利条約の日本政府訳は、この条約の趣旨を充分に反映した訳になっていない。子どもの権利条約を読むときは、英語と比較しながら読んでほしい。 参考図書として、中野光・小笠毅編著『ハンドブック 子どもの権利条約』岩波ジュニア新書270,1996など。

ポイント:乳児の「意見表明権」
 まだ言葉をしゃべれない乳児も、泣いたり笑ったりすることで、自分の気持ちを伝えている。「意見表明権」は、言葉で伝えられるものだけではない。 大阪のすみれ乳児院では、乳児の気持ちを大切に考えた「すみれ乳児院憲章」を作成し、より良い児童養護に努めている(9)。



【引用・参考文献】
(1)森田ゆり作 たくさんの子どもたち絵 『気持ちの本』童話館出版,2003,p.33
(2) 長谷川眞人編著 『全国の児童相談所+児童養護施設で利用されている子どもの権利ノート――子どもの権利擁護の現状と課題』三学出版,2005,pp.18-20
(3) 京都新聞社 『折れない葦――医療と福祉のはざまで生きる』京都新聞出版センター,2007,pp.146
(4) 鈴木牧夫著 『子どもの権利条約と保育――子どもらしさを育むために』新読書社,1998,pp.30-55
(5) 伊達悦子・辰巳隆編著 『新版 保育士をめざす人の児童福祉』(株)みらい,2007,pp.31-32
(6)前掲書(4) p.54
(7) 木附千晶・福田雅章著 森野さかな絵 『「子どもの権利条約」絵事典――ぼくのわたしの思いや願いを聞いて!』PHP研究所,2005,pp.4-7
(8) 前掲書(1) ,pp.34-37
(9) 長谷川眞人・神戸賢次・小川英彦編著 『子どもの援助と子育て支援――児童福祉の事例研究』ミネルヴァ書房,2001,pp.88-96
(10)森田ゆり 『新・子どもの虐待――生きる力が侵されるとき』岩波ブックレットNo.625,2004,pp.4-6
(11)前掲書(1) ,p.28

小口尚子・福岡鮎美著 アムネスティ・インターナショナル日本支部+谷川俊太郎協力 『子どもによる子どものための「子どもの権利条約」』小学館,1995
中野光・小笠毅編著 『ハンドブック 子どもの権利条約』岩波ジュニア新書270,1996
古川孝順編著 『子どもの権利と情報公開――福祉の現場で子どもの権利は守られているか!』ミネルヴァ書房,2000
キャッスル,C.著(池田香代子訳)『すべての子どもたちのために――子どもの権利条約』ほるぷ出版,2003



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