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血友病

hemophilia

血友病関連年表 *「神聖な義務」  *「錆びた炎」 *「ブラックジャック」 *浦高事件  *小児慢性特定疾患治療研究事業

■ 血友病とは
1.症状
 血友病は先天性血液凝固障害の一部である。その他にも様々な先天性血液凝固障害がある。そのうち、先天性血液凝固第VIII因子障害(血友病A)と先天性血液凝固 第IX因子障害(血友病B)を総称して、血友病と呼ぶ。血友病は、血液を固める凝固因子の一部の因子活性が低いか無いため、止血するのに時間がかかる障害である。 血友病は、「出血が止まりにくい」障害であって、「自然に出血する」ことはない。 関節内や筋肉内出血が主な症状で、血尿や口腔内出血も見られる。多くの場合、打撲や 四肢の使い過ぎなどが出血の原因となる。また、わずかな出血で健常者なら自然に止血できる場合でも、止血困難な体質のために大きな血腫になることもある。
2.発症
 血友病は伴性劣性遺伝による先天性疾患である。母方の]染色体の第VIII因子または第IX因子の遺伝子部位に異常があった場合、それが]染色体を1本しかもって いない男性に受け継がれ、血友病を発症する。女性は稀に発病するが、数は極めて少ない。◆01 女性のほとんどは保因者になる。しかし、遺伝子の突然変異により血友病を 発症したと思われる例も多く、血友病者の約3割に家族歴が見られない。明確な割合は分からないが、血友病の発症には遺伝と突然変異の2つのパターンがある。
3.発症頻度
 血液凝固因子異常症全国調査2002年度の報告によると、日本では血友病Aが3841人(男性3821人、女性20人)、血友病Bが842人(男性838人、女性4人)が確認された。 ◆02 報告されていない人数を考慮すると、発症頻度は男性1万人に対し、0.8〜1人と考えられる。

【註】
◆01 女性の場合、月経時や出産時に困難に見舞われる。
◆02 この数字には、HIV感染/非感染の両者を含んでいる。

■ 血友病を理解するための「ふたつの時間」
1.血友病者の年齢
 まず、血友病者の年齢という個人の時間について。血友病の出血部位は、皮下、外傷、手足の関節や筋肉、歯肉、鼻、頭蓋内と多いが、年齢によって出血しやすい部位 が異なる。例えば、乳幼児期は皮下出血や外傷出血が、学齢期には鼻出血や歯肉出血が多く見られる。したがって出血への対処も異なるが、ひとつひとつ丁寧に止血の 対処をすれば全く問題はない。小さな切り傷で慌てる必要はない。注意しなければならないのは、頭蓋内出血と関節内出血である。頭蓋内出血は生命の危機に直結する し、関節内出血は治療が不充分だと血友病性関節症となって関節機能障害を引き起す。足の関節では歩行困難となる場合がある。
 各部位の出血をしやすい年齢(好発年齢)は、大人の身体が完成する17歳ごろまでである。それまでに適切な治療によって血友病関節症を起こしていなければ、以降は 「出血しにくくなる」ので、ほぼ健常者と同じ生活ができる。ゆえに、思春期までの身体が未完成な時期をいかに健康に過ごすかが問題である。この時期は学齢期と重 なっているので、学校側の理解と適切な対応が重要である。現在では、血友病医療の発展により、生活の制限もほとんどなくなった。学校の体育にしても制限が少なく なり、中にはスポーツの代表選手になった血友病児もいる。親と学校が互いに連絡を取り合い、血友病児が積極的に生活し、豊かな経験ができるよう支援していくことが 大切である。

2.血友病医療の発展
 次に、血友病治療の発展という歴史的時間について。血友病は長い間、「20歳まで生きられない病気」と言われてきた。けれども現在では、医療の発展によって、健常者 とほとんど変わらない生活を送っている。
 血友病は古くから知られていた◆01 にもかかわらず、その医学的な本態、原因が解明されてきたのは、その歴史に比べればごく最近である。特に治療に関しては、1840年 頃から経験的に輸血が用いられ始めたが、その合理性が確認されたのは、1940年代に入ってからである。1944年、コーン(Cohn)らの研究により、エタノールによる血漿 タンパク質の分画法を発見し、血液製剤開発の研究が始まった。
 それまでは効果的な止血方法がなかったため、血友病者は出血の痛みに何日も耐えなくてはならなかった。この当時は氷で冷やすか、輸血をするしか対処法がなかった。 ◆02 1964年、プール(Pool)によって第VIII因子を大量に含むクリオプレシピテート(cryoprecipitate)が開発され、血液製剤使用の一般化をもたらした。血友病 治療の転換点であり、現在の治療の基礎といえる。
 血液製剤の出現はまさに画期的なことであったが、高価な注射薬であることは現在でも変わりはない。1967年、全国へモフィリア友の会が発足したのも、医療費 (特に血液製剤)の公費負担実現◆03 という目標があったからである。血液製剤は進歩を続け、点滴注射からコンパクトな注射器輸注になった。今では、血友病者と その家族が注射技術を習得すれば、家庭でも注射ができるようになり、血友病者の生活の範囲が飛躍的に広がった。血液製剤を持ち歩けば、気軽に旅行にも行けるよう になったのである。ところが近年、薬害◆04 に襲われたことで難しい状況に立たされている。

 血友病の病態を正確に理解するためには、「血友病者の年齢」と「血友病治療の発展」という、ふたつの時間の変化を押さえる必要がある。血友病者を時間の変化と ともに、動的に捉える姿勢こそが血友病理解の第一歩である。

【註】
◆01 バビロニアのタルムード法典に、割礼の際の出血が止まらずに男児2人が死亡したため、3人目の男児は割礼を免除されたという記録があるという。そのほか、 出血性疾患についての記録は多い(永峯、1983)。
◆02 大西(1973)や松嶋(1974)、草伏(1992、増補1993)によって、血液製剤開発以前の血友病者の様子が多少分かる。
◆03 現在では、小児慢性特定疾患治療研究事業によって18歳未満を公費負担し、それを20歳未満まで延長できる。20歳以上は、先天性血液凝固因子障害等治療研究 事業に切り替えることによって公費負担を受けることができる。
◆04 輸入非加熱血液製剤による薬害は、HIV感染のほか、肝炎感染(HBV、HCV)もある。また、血友病者でない方へ術後などに輸入非加熱血液製剤を使用したために 感染したケースがあることを覚えておきたい。



◇154 血友病 吉岡章
■ 血友病の歴史
 2世紀のバビロニアの教典タルムートには、血友病と思われる男児の「割礼後の出血死の家系では、第三児以降の割礼が免除される」との規程がみられる。また、英国の ヴィクトリア女王の孫娘アレクサンドラとロシア皇帝ニコライII世との間に誕生した皇太子アレクセイが関節出血を繰り返す血友病患者であったことは有名である。病名と してのhemophiliaはウィルヒョウ(Virchow)(1854年)によって用いられ、一般化していった。
■ 血友病の病因・疫学
 血友病には、血液凝固第V III因子活性(F VIII:C)が欠乏・低下する血友病Aと、血液凝固第IX因子活性(F IX:C)が欠乏・低下する血友病Bとがある。それぞれX染色体 長腕上のF VIIIまたはF IX遺伝子の異常に基づくF V IIIまたはF IX蛋白の量的・質的異常症である。その遺伝形式はともにX連鎖劣性で、臨床症状にもほとんど差はない。 全血友病の出生頻度は男児出生5000人〜10000人に1人で、血友病BはAのおよそ1/5程度である。1)
■ 血友病の病態生理  血友病は、F VIII:CまたはF IX:Cの欠乏・低下により血液凝固過程が遅延する病気であるが、実際には出血しやすい病気にみえ、生涯にわたって出血症状を反復 する。
 凝固一段法で測定されるF V III:CまたはF IX:Cの低下度と、出血頻度や重症度とはほぼ相関する。凝固活性<1%が重症、1〜5%が中等症、>5%が軽症である。重症では、 通常、乳幼児期から出血を反復するが、中等症、軽症では発症年齢も高く、自発出血は少なく、抜歯、手術時、(後)や外傷後止血困難あるいは術前の凝固スクリーニング 検査異常から気付かされることが多い。一方、免疫学的に測定されるそれぞれの抗原量(F V III:Ag、F IX:Ag)が欠如するA−またはB−、抗原量が正常のA+またはB+と に分類される。後者はF VIIIまたはF IXの分子異常である。
■ 血友病の臨床症状
 血友病の主要な症状は、出血である。出血は全年齢を通じてみられ、反復性で多岐にわたる。血友病を特徴づける出血症状は関節や筋肉出血などいわゆる深部臓器出血 で、年齢と出血症状に特徴がある。
 乳児期後半から幼児期には、特に誘因なくあるいはわずかな外傷や打撲により皮下溢血斑と皮下血腫を形成する。打撲後に半日から数日遅れて皮下血腫(こぶ)をつくる ことが多く、血友病の特徴である。また、特別な外傷なしに頭蓋内出血を発症することもある。
 幼児期になると、足関節次いで膝関節出血がみられるようになる。関節内滑膜から出血して関節腔に充満すると、腫脹・疼痛・運動制限が現れる。
 学童期以降には膝関節や足関節、肘関節を中心に各種関節出血が増えるほか、腸腰筋出血を含む筋肉出血(血腫)、抜歯後出血、血尿、吐・下血などが目立ってくる。 適切な補充療法がとられないと、反復する関節・筋肉出血の結果、加齢とともに、慢性の関節・筋肉機能障害(血友病性関節症)が進行する。
■ 血友病の検査成績
 血友病では出血時間とプロトロンビン時間(PT)は正常であるが、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が延長する。凝固一般法によるF VIII:CとF IX:Cの定量 を行い、AとBの鑑別とそれぞれの重症度を分類(前述)する。
■ 血友病の治療
 血友病治療の原則は、欠乏するF VIII(F IX)の補充による早期止血である。献血血漿由来の血液製剤と遺伝子組換え製剤とがあり、両者ともに既知のウイルス感染症に 対しては十分安全である。
1)血友病A  血漿由来製剤には、F VIII単独製剤とF V III−VWF複合製剤とがある。ともに250〜1000単位(U)/バイアルと高力価のF VIII:Cを含有する。1U/kgの輸注 によって約2%のF VIII:Cの上昇を期待しうる。生体内半減期(8〜12時間)を理解した上で、出血部位や程度、手術の種類などにより投与量と投与回数を設定する。
2)血友病B  第IX因子単独製剤と、第IX因子複合製剤(プロトロンビン複合体製剤;PCCともいう)とが用いられる。適応症状や投与量、回数などは血友病Aの場合に準 じるが、1U/kgの第IX因子輸注によって1〜1.5%の血中F IX:Cの上昇が期待される。
3)補充療法に伴う副作用・合併症  発熱、血管痛、蕁麻疹、腰痛、喘息様発作、アナフィキラシーなどの即時的なものに注意する。
 反復する補充療法により、患者の一部(5〜20%)にインヒビター(同種抗体)が発生し、以後の止血療法が困難になることが知られている。この場合、通常量のF VIII (F IX)補充療法は無効で、活性型PCC(APCC)や活性型第VII因子製剤が用いられ、効果的である。2)
4)自己(家庭)注射  自己注射とは、血友病患者が医師の指導と管理のもとに自宅や職場で因子製剤を自分で(ときに両親や妻が)注射することである。早期止血が 可能で、わが国では1983年から認められている。
5)肝移植と遺伝子治療  肝硬変や肝癌を合併した血友病患者に肝移植が行われ、生着後はドナー肝臓が産生するF V IIIまたはF IXによって血友病が治癒することが 明らかとなっている。また、患者から採取した繊維芽細胞などに正常F VIII(F IX)遺伝子を導入し、増殖後本人の腹腔などに戻す、いわゆるex vivo 法や、正常F VIII (F IX)遺伝子を導入した各種ウイルスベクターを患者に投与する in vivo 法が試行され、遺伝子治療の可能性が検討されている。3)
■ 文献
1)吉岡章:血友病.血液疾患マニュアル.日本医師会雑誌,特別号:S260−263,2001
2)嶋緑倫:血友病におけるインヒビターの発生機序とその治療戦略.日本小児血液学会雑誌,13:399−409,1999
3)吉岡章:血友病治療.21世紀の展望。日本小児科学会雑誌,106:631−638,2002

平井久丸・押味和夫・坂田洋一編 2004『血液の事典』朝倉書院 pp356−357



■ 改訂記録
改訂 20050905
平井・押味・坂田編 2004『血液の事典』朝倉書院の「血友病」の項目を追加しました。

改訂 20030927
1.みなさまからのご指摘や最新情報の追加のほか、血友病関連サイト「血友病診療の実際  2002年版」を参考に改訂しました。
*血友病診療の実際 2002年版 http://www.aids-chushi.or.jp/c7/2002/ketsuyu-mokuji.html
2.血液凝固因子異常症全国調査の統計については、「ネットワーク医療と人権」のご協力がありました。ありがとう ございました。
*ネットワーク医療と人権 http://www.mers.jp/
3.古いですが、1998年版の血友病の現状(厚生省HIV感染者発症予防・治療に関する研究班 の調査)をホームページで閲覧できます。
*血友病の現状(1998年版) http://csws.tokyo-med.ac.jp/csws/hivcsg/csg_1998/5.html

 今後も「血友病」に関する項目は、統計調査の更新や記述に関するご指摘があれば、順次改訂していく予定です。皆さまからの積極的な情報提供を歓迎します。メール はこちらまでお願いします。



■ 参考文献
福井弘 1993 「先天性凝固障害症の疫学」 福井弘編『血友病』西村書店
花房秀次編著 1998 『血友病の子どもたちを担当される先生方へ』バイエル薬品株式会社
平井久丸・押味和夫・坂田洋一編 2004『血液の事典』朝倉書院
草伏村生 1992 増補1993 『冬の銀河』不知火書房
川田龍平 1996 『龍平の現在』三省堂
血液凝固異常症全国調査運営委員会 2005 『厚生労働省 血液凝固異常症全国調査 平成16年度報告書』財団法人エイズ予防財団
厚生省五十年史編集委員会 1988 『厚生省五十年史(記述篇)』中央法規
厚生省五十年史編集委員会 1988 『厚生省五十年史(資料篇)』中央法規
草伏村生 1992 増補版1993 『冬の銀河』不知火書房
松嶋磐根 1974 「暗き血の淵より」『主婦と生活』主婦と生活社
村上氏廣 1951 「血友病の遺伝」 日本血液学会『血液学討議会報告第4輯』永井書店
三間屋純一 1997 『患者さん指導のためのガイドブック 血友病』バイエル薬品株式会社
永峯博編著 1983 『血友病児の教育』慶應通信
中山健太郎 1997 「生きる!」 九州電力96論文入賞作品集『生きる』九州電力
大西赤人 1973 「僕の『闘病記』」   大西赤人大西巨人『時と無限』創樹社



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作成:北村健太郎
UP:20030527,REV:20050905 
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